文武両道のために・・・・『徒然草』を読んで見る。【9】

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 今日の一文字は『匂』です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第八段』を読んで見て、感じた文字です。

原文 現代文を見る 久米の仙人

 台風一過、涼しい風が心地よい朝です。それでも、日中になると相変わらずの暑さになるのでしょう。
 
 さて、今日も一日元気で過ごしましょう。

 
徒然草 第八段 〔原文〕

世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな。匂ひなどはかりのものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ずときめきするものなり。

久米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、誠に手足・はだへなどのきよらに、肥えあぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。

 

 
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『現代文』

 まず、我流で現代文にしてみましょう。

 『世の中の人を惑わすのは、色欲にはかなわない。人の心は愚かなものである。匂いなどは仮のものなのに、少しの間衣装に香りをつけたものだと知りながら、なんとも言えない素敵な匂いには、心をときめかすものである。

 久米の仙人が、洗濯していた女のすねの白い事を見て、神通力を失ったのは、本当に手足・肌などの清らかで、肥えて色艶が良いのは、薫物でつけた人工的な匂いなどと違っているのだから、なるほど仕方がない事だと納得できる。』

 

『匂』

 実に面白いたとえ話と思います。

 ここで、あまり穿うがった解釈は控えたいと思いますが、これはそのままに取ると、兼好が今で言う匂いフェチにしか思えません。

 人には皆好みがあり、顔に魅力を感じる人もいれば、うなじやきびすに魅力を感じる人もいて、異性の身体のあちこちに、惹かれるのが、異性たる者の宿命でしょう。

 個人的には、私は悪臭には弱い方です。ですから、私の家庭では、私が臭いをかいだり、食べて、腐っているかいないかを判断するくらいです。まだ、人が判断する少し前の段階で、腐りかけていると感じる事ができます。

 これは、遺伝です。私の父親も鼻が良くきくほうでした。

 もちろん、悪い匂いより、爽やかな匂いに越したことはありません。ですから、自分自身は、常に口臭や脇、足の臭いには気を付けています。

 これは、礼儀作法の所でも書いたと思いますが、相手に対して、無礼にならないために習慣となっています。人との接触が無い今でもこの習慣は続いています。

 久米の仙人を持ち出して、自分の考えを正当化すると言うのは、如何なものでしょうか。単なる冗談とも思えないので、出家しても女性に心を奪われる事が多かった、俗っぽい法師の姿を想像させられてしまいます。

 そう言えば、ゴルフ場でも、夜のクラブなどでも、見かける事がありましたね。そういうお坊さん。

 少し、この文章の初めの部分を、穿うがった見方で解釈してみましょう。

 今で言えば、人間を判断する時、立派な背広に身を包み、高価な時計をはめ、高価な靴を履き、ブランドのネクタイを絞めて、前に立たれると委縮してしまう人も中にはいます。

 私が不動産業を営んでいる時に会う人の多くは、そういう事に長けている人達が多かったことが記憶にあります。

 その頃は、私も負けずに、背広は「英国屋」、靴はスペイン製の「YANKO」、ネクタイは「ミラショーン」や「イブサンローラン」などのブランド物をしていました。

 これは、礼儀作法とは無縁のもので、逆に無礼な振る舞いかも知れません。だからと言って相手が迷惑するような、小汚いTPOを弁えない服装も困ります。

 しかし、この歳になると、裸に魅せられることは無くても、その人の人柄に接して魅力を感じる事はあります。

 それが人工的に作られた魅力ではなく、その人の本来の魅力なのではないでしょうか。

 それにしても、兼好も「外の色ならねば、さもあらんかし。と、久米仙人の落ちた事に共感しているのも、時代の違いでしょうか。

 確かに、古い映画などでは、ヒッチハイクで男性が手を上げても止まってくれない時に、女性がスカートをたくし上げると車が止まってくれるシーンが出てきます。今コマーシャルでやってますね。

 20歳の夏にサンフランシスコでヒッチハイクをした時には、家族が乗っている車が止まってくれました。日本だけが親切なのではありません。

 

『久米の仙人』

 久米の仙人は、 「今昔物語」 に出てくる人物です。

 概ね久米の仙人と言えば、色ボケ仙人で名を馳せていると思われます。漫画などにも書いてあったと記憶しています。

 今昔物語だけではなく、この仙人の話は、仏教関係の多数の書籍に記述が見られるそうです。

 ここでは、今昔物語の内容を少し垣間見て見ようと思います。

 『大和国吉野郡に竜門寺と言う寺があり、そこで修行をして仙人なって、空を飛べるようになった。

 空を飛んでいるとき、吉野川で洗濯をしている女性が着物を捲し上げ、太ももが露わになっているのに見とれて、その女性の前に落ちた。そして仙人の能力を失って、その女性と結婚する。

 ある時、都を造るために人々が集められ労務に駆り出された。その中で只の人になった久米仙人の事を、昔仙人だったと、噂になり、監督官が冗談交じりに、ならば材木を都の予定地まで空を飛ばせば良いと言った。

 一旦は、仙人の術も忘れてしまったと断ったのだが、長い修行をして得た術なので、もしかしたら本尊が助けてくれるかも知れないと、申し出を受けてやって見る事にした。

 7日7夜、静かな道場に籠り、礼拝をし続けた結果、8日目ににわかに空がかき曇り、闇夜のようになり雷が鳴り雨が降り何も見えなくなった。
 しばらくすると雨がやみ空が晴れてみると、都に材木が大量に空を飛んで向かってきた。

 これを見て、工事の監督達は、久米仙人を礼拝し、この事を天皇に告げた。

 天皇は、久米仙人に30町の田を布施として与え、ここにお寺を建てた。このお寺が久米寺の成り立ちと言われている。』

 簡単に内容を書きましたが、ざっとこんな話が、今昔物語に書いてあります。

 女性の太もも(ふくらはぎと言う説も)を見て、河に落ちた仙人と言う、前段の部分だけが有名ですが、この話も、穿った見方をすれば、修行で得た仙人の術が、そんなに簡単に無くなる代物ではない事を言われているのだと思います。

 この話は、各々の書き物によって詳細は異なりますが、概ね内容は同じです。

 でなければ、現存する久米寺の縁起として語り継がれたりしないでしょう。ちなみに、久米寺は樫原神宮の近くにあります。

 私は仙人になりたいと思っていますが、久米仙人がその仙術を使って空を飛んだと言う事には懐疑的です。

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