文武両道のために・・・・『徒然草』を読んで見る。【29】

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 今日の一文字は『慎』です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第二十八段』を読んで見て、感じた文字です。

原文 現代文を見る 厳粛

 終戦記念日の8月15日も過ぎ、毎年靖国神社の問題が取り上げられますが、そろそろ自立しても良い時代を迎えているような気がします。

 日本の国が自立するためには、国民の覚悟がいると思います。それは、戦争が起こらないように最大の努力をする事は、どの国も同じだと思います。今にも戦争を引き起こしそうな国も、実情は、戦争などしない方が良いのです。

 しかし、もし戦争が起こってしまったら、と言う事を考えた時、一つは座して死を待つ覚悟をするか、それとも、身に降る火の粉を払うかです。

 私は戦う事を目的にした『空手』を指導していますが、決して戦う事を目的とはせず、『空手道』という、平和の道を模索しています。自らが人格を高揚する事で争いを避ける事ができるのではないかと思っています。

 それぞれに考えがあって、一朝一夕に解決する問題ではありませんが、少なくとも憲法に定めてあるから戦争が起こらなかったのではありません。これを平気で言う人がいますが、その人たちは、アメリカの保護下にあったと言う事を忘れてしまったのでしょうか。都合の良い安全保障条約の使い方も、これ以上過ぎると、条約は、一方がメリットがないと思った瞬間に反故にされる約束です。

 自分の国が戦争する気がなくても、戦争に巻き込まれる可能性はあるのです。たとえアメリカとの安全保障条約があったとしても、戦争が起これば、戦争の先頭に立つのはアメリカではありません。アメリカは応援団であり、戦闘集団では無い事を、いい加減認識するべきです。

 終戦から73年が経っても、自立しない国を、国際社会はどう向かい合ってくれるのでしょうか。そろそろ考えても良いのではないでしょうか。
 
 
 今朝も爽やかな一日になりそうです。今日も一日元気で過ごしましょう。

 
徒然草 第二十八段 〔原文〕

 諒闇らうあんの年ばかり哀れなる事はあらじ。

 倚廬いろの御所のさまなど、板敷をさげ、葦の御簾みすをかけて、布の帽額もこうあらあらしく、御調度どもおろそかに、みな人の裝束さうぞく、太刀、平緒ひらおまで、異樣なるぞゆゝしき

諒闇らうあん:天皇がその父母の喪に服する期間。一年とされ、臣下も服喪する
倚 廬いろ:天皇や皇族が、その父母の喪(も)に服するときにこもる仮屋。通例初めの十三日間こもる。
帽 額もこう:「御帳みちやう」「御簾みす」の上部や、上長押うわなげしなどに横に長く引き回した、一幅ひとのの布。(=瓜(うり)を輪切りにした形の模様。「木瓜もくかう」ともいう)の紋を染めるのを通例とした。
平 緒ひらお:平打ちの組み紐(ひも)。束帯のときに太刀(たち)を帯びる緒として使った。のち、飾りとなり、束帯のときに腰に巻いて袴(はかま)の前に垂らした。

(出典:学研全訳古語辞典 学研.)

 

 
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『現代文』

 まず、我流で現代文にしてみましょう。

 『天皇が喪に服す年ほど厳かに感じるものはない。
  喪に服するために籠られる仮部屋は、床の板も取り外し、葦の御簾をかけ、布の帽額もこうも粗雑であり、調度品も質素、お付きの者たちの服装や太刀、飾りの組紐まで普段とは異なり奥ゆかしい。』

 

『厳粛』

 天皇が喪に服されると言うのは、やはり厳粛な中で喪が明けるまで生活を質素なものにされるのでしょう。

 なぜ、喪に服すことが必要なのでしょう。世界中を見ても、同族の死を悼み、厳粛な中で葬儀を行う事は、稀ではありません。それぞれの国で、それぞれの地域で、そして家族で、それに見合った風習が残っています。

 日本は、神道の国です。ですから、死生観が文化としてあると思います。神道は宗教として位置づけされる場合がありますが、私は個人的に神道は宗教ではないと思っています。ですから、神道の国と言っています。

 その理由は、宗教にあるような信仰対象が曖昧と言う事と、信仰するための教科書のようなものがないと言う事です。例えば聖書とか経典とかです。 

 にも拘らず、永い年月、神社には初詣もしますし、神に願い事をお願いします。これは気休めかも知れませんが、神と言う存在を信じる前に、文化として容認しているのではないかと思います。

 色々な説があり真実を知る事は出来ませんが、神道では「死んだ人」を「穢れけがとして扱います。これは、なにも「きたない」とか「よごれている」と言うものではなく、気枯けがれ」として気持ちが沈んだ状態、気が枯れた状態から回復するのに時間がかかり、これが喪に服する期間、と聞いたことがあります。

 皇太子の結婚式など、十二単じゅうにひとえの姿を見ると、厳粛な気持ちになります。やはり場所も必要ですね。

 喪に服すという話題で、結婚式もないですが、厳粛というのは、どちらも同じ気持ちになります。一方は質素、一方がきらびやかですが、気持ちの上ではどちらも、襟を正します。

 人生の中で一度か二度、喪に服す間くらいは、厳粛な気持ちになって、親族の死を悼む期間があっても良いのではないでしょうか。
 

 

『慎』

 民間でも一年間は、喪に服すのが一般的だと思いますが、喪に服すと言っても、今では、神社への立ち入りをしないとか、年賀状を出さないで、喪中はがき(喪中につき年賀状を欠礼する旨の葉書)を出すとかしか思い浮かびません。

 これも、先述したように、気が枯れている状態が人に広がらないように、お祝い事は、こちらから遠慮すると言う意味に捉えています。

 ですから、本来は、喪中に年賀状をもらっても、出した方は失礼な行為ではありません。しかし、近年は喪中の人に年賀状を出さない事が一般的になってきていますので、やはり現在の常識に合わせた方が良いでしょう。

 それでも、喪中の間に、又は喪中はがき(本来は年賀状欠礼状)を出しても、年賀状をもらった場合は、松の内(門松がある間)といっても、地域によって、1月7日や15日、これもまた地域によって違うようです。この松の内が明けてから、寒中見舞いを出すのが一般的でしょう。

 喪中の間でなくても、「慎み深い」と言うのは、日本人に歴史を越えて伝えられた文化と思います。武士道もそうですが、DNAに刻まれているのではないでしょうか。

 軽はずみな言動を極力さけ、分不相応な立ち振る舞いを控え、常に遠慮する事を念頭において行動するような、民族であったように思います。

 これは、私が考える日本人像ですが、いつの間にか自己主張が良い事のように、喧伝され、私が考える日本人像とは、かけ離れた常識になってしまいました。

 ですから、「武士は食わねど高楊枝」の意味も「やせがまん」のように、辞書にも書かれるようになっています。「やせがまん」ではなく「我慢」する事ができるのが「武士の本分」であったと思います。ここで言う「我慢」は、仏教で言われるような「傲慢」や「慢心」の事ではありません。

 「武士の本分」とは、「やせがまん」ではなく、襟を正し意地汚い言動を慎むことだと思います。

 私などは、教養であり、余裕だと思っています。

 「恥の文化」と言う言葉も、日本人から消えていきそうです。

 【アメリカの文化人類学者 R.ベネディクトが『菊と刀』 The Chrysanthemum and the Sword (1946) のなかで使った用語。他者の内的感情やおもわくと自己の体面とを重視する行動様式によって特徴づけられる文化をいう。彼女はこの「恥の文化」に対立する文化として、内面的な罪意識を重視する行動様式としての「罪の文化」をあげ、後者が西欧文化の典型であるのに対し、前者を日本人特有の文化体系と考える。すなわち,日本人の行動様式は、恥をかかないとか,恥をかかせるとかいうように「恥」の道徳律が内面化されていて、この行動様式が日本人の文化を特色づけているとする。】(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

 もちろん、この人類学者が書いたことが、日本人の全てとは思いませんが、この本が出されたころに、私は生まれましたので、私が物心つくころにも、「そんことしたら、人に笑われる」「恥ずかしい」「みっともない」と言う言葉は、生活の中に沁み込んでいたように思います。

 よその国の悪口を並び立てる暇があれば、「人の振り見て我が振り直せ」と言う言葉を頭の隅にでも置いた方が、日本人らしいと思います。

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