文武両道のために・・・・『徒然草』を読んで見る。【202】

 今日の文字は『卒塔婆そとば』です。書体は行書です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第二百一段』を読んで見て、感じた文字です。

原文 現代文を見る 卒塔婆

 

☆『日本バッシングは北に「夢中」な文大統領の指導力欠如が原因?』
(FNN.jpプライムオンライン 2019/02/11 10:30)

「前略—–
一方で、文在寅政権による日本バッシングが止まらない。

文大統領のバランスを欠いた北朝鮮重視

韓国文政権での日本バッシングの原因には文大統領のバランスを欠いた北朝鮮重視に問題があると、ハドソン研究所の上級顧問、パトリック・クローニンさんは分析する。アメリカ・ワシントンで話を聞いた。

Q:韓国軍によるレーダー照射や、徴用工の問題など、反日的ともとれる対応が増えていることについて。

A:一連の問題は、文大統領が北朝鮮に夢中になるあまり、日本との関係を軽視し、朝鮮半島や北東アジアにおいて日本が大きな役割を果たす必要性を軽視していることを如実に物語るものだ。レーダー照射問題に関しては、日本側が韓国の艦船になぜレーダー照射をしたのか?何をしているのか?聞いているのだから沈黙を守るのではなく返事をするべき。こうしたルールで合意し徹底することが必要だ。それに従わない者があれば、その将校や乗組員は所属する軍によって責任を問われるべきである。

日本が(韓国のレーダー照射の)証拠を公表したことが韓国国内に政治的反発を誘ったのかもしれない、それによって文政権が反論ビデオを掲載せざるを得ない状況になったとも考えられる。いま日本は韓国の国内政治ゲームに巻き込まれている。そして、それは健全な状態ではない。文大統領は、金正恩委員長に対して示す寛容が、日本に対してはない。それは(文大統領の)優先順位のつけ方の失敗であり、指導力が欠如しているともいえる。

日米韓が協力して取り組むべき課題が北朝鮮であり中国の問題

Q:日韓関係が悪化の一途をたどっているが打開のために何ができるか。

A:アメリカは戦略的なリーダーシップを発揮すべきで、2つの主要な同盟国に対して、起こったことが何であれ、3か国にとって重要なことは、この問題に引きずられないこと。我々にはもっと重要な問題がある、それは北朝鮮であり、中国である。3か国が協力してできることはそれぞれが個々に取る行動より大きな結果が得られる。日本に立ち向かうことが韓国にとって気持ちよく感じることであろうと、文大統領の偏った政策にはちょうど良いものであろうと、韓国の国益にとっては絶対にプラスにならない。韓国の長期的な国益を考えれば正に災難だ。

【執筆:FNNワシントン支局 藤田水美】」

 自民党の内部からも、韓国に対する態度が生ぬるいとの声が上がっているようですが、気持ち的には分かりますが、ハッキリ言って挑発には乗らない方が良いでしょう。

 しかし、これだけ、日本では「嘘」と思える事を、さも真実であるかのような喧伝をされると、いつの間にか、情報を持たない国は、嘘がいつの間にか、本当に捉えられてしまう恐れもあります。その情報を持たない国が、他国であれば良いのですが、日本は確かな情報を得ているのでしょうか。少なくとも国民は、歴史的な真実を知らされているのでしょうか。

 戦後70数年の間に、教科書は書き換えられ、色々信じていた歴史も覆されて来ました。韓国とは無関係ですが、一つの例が、鎌倉幕府の1192年の成立から、現在では1185年の説が有力とされています。

 この問題も、幕府と言う概念で決めようとするから、色々な説がでてくるのであり、幕府の設立ではなく、源頼朝が征夷大将軍に任じられた時が1192年とすれば良いのではないかと思います。

 このような、試験に出て正解と評された事が、今になって間違いと言われても、何とも言いようのない複雑な気持ちになります。

 できれば、ドラマではなく、異聞でもなく、事実の歴史を知りたいと思っています。 
 
 さぁ、今日も一日元気で過ごしましょう。

 
徒然草 第二百一段 〔原文〕

 退凡たいぼん下乘げじょうの卒塔婆、外なるは下乘、内なるは退凡なり。

 

『現代文』

『退凡・下乗の卒塔婆の外側にあるのが、下乗の卒塔婆、内側が退凡の卒塔婆である。』

 

 

『卒塔婆』

 退凡下乗と言う言葉があります。いや、ありました。本当は、まったく知りませんでした。この段を読んで、何か意味があるのだろうと、調べて見て解った事です。

 「 釈迦が霊鷲山りようじゆせんで説法をした時、これを聞くために摩訶陀まかだ国王頻婆娑羅びんばしやらが通路を開いて、その中間に建てたという二本の卒塔婆。一つは「下乗」といって王はここから歩き、一つは「退凡」といって凡人はここから内に入らせなかったという。」
(出典:大辞林第三版 三省堂.)

 私のつたない知識では、卒塔婆と言うのは、お墓に立っている2m 程の板に、梵字で何か書かれてあることぐらいです。この卒塔婆にも意味があるようですが、今回、私はメモ書きする気持ちもありませんので、省略します。

 ちなみに、卒塔婆と言うのは、「そとば」とも「そとうば」とも読むそうですが、私は、「そとうば」と覚えていました。

 やはり、ここでも兼好法師のメモ書き程度の物だと、理解する事にしました。