独行道を読む
【世々の道をそむく事なし】

【出典:熊本県立美術館 所蔵品  データベース   独行道】

 上に掲載してある、墨蹟の原文の文字、達筆ですね。今、通信教育ですが、お習字を始めて、10ヵ月になります。さらさらと、こんな風に書ければ良いですね。
 さて、独行道の最初は【世々の道をそむく事なし】です。

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『独行道全文』

 

 

獨行道
一 世々の道をそむく事なし
一 身尓たのしみをたくま須
一 よろ爪尓依怙の心奈し
一 身をあさく思世越ふかく思ふ
一 一生の間よく志ん思王須
一 我事尓於ゐて後悔を勢寸
一 善惡尓他を祢多無心奈し
一 いつ連の道尓も王可れを可奈しま寸
一 自他共尓うら三をか古川心奈し
一 連ん本の道思ひ与る古ヽろ奈し
一 物毎尓春起古の無事奈し
一 私宅尓おゐてのそむ心奈し
一 身ひとつ尓美食をこのま須
一 末々代物奈留古き道具所持せ寸
一 王か身尓いたり物い三春る事奈し
一 兵具八各別よの道具多し奈ま寸
一 道尓於ゐて八死をいと王寸思う
一 老身尓財寳所領もちゆる心奈し
一 佛神八貴し佛神越太のま須
一 身越捨ても名利はすて須
一 常尓兵法の道を者奈礼寸
 正保弐年
  五月十二日 新免武藏
          玄信(花押)「二天」(朱文額印)
   寺尾孫之丞殿

 

 まず、『世々』と言う言葉を調べて見ましょう。日本三大随筆の一つである、方丈記(作者:鴨長明)の『よよ』の意味は、「長い年月」を表しています。
 また、「その時」と言う意味で蜻蛉日記(かげろうにっき)(作者:藤原道綱母)は使っていますし、伊勢物語(作者不明)では、「それぞれの世や「別々に過ごす世のような使い方をしています。(出典:出典 小学館 デジタル大辞典)

鴨長明

 このように見ますと、案外、明確な使い分けは、していないように見えます。そこで、『昔から人々によって引き継がれた、人の取るべき道』と言った意味合いを言うのではないかと思います。

 では、「人の取るべき道」とは、一体どういった事を言うのでしょう。よく、常識と言いますが、これも時代によってかなり変化しています。

 私はよく社会的動物と、人間の事を言います。 髓心とは
『心の置き場』でも、社会的動物として人間を表現しています。

 現代社会では、みんなが自己を主張して、自由と権利が自明だと思っているように思ってしまいます。この自由と権利を得るために、どれだけ歴史を重ねた事か、想像を絶する過去があったように思っています。自由からの逃走エーリヒ・フロム)などの書籍の存在を見ると、なんとなく想像できそうです。

 逆説的に言うと、人間は社会を構成する事で、動物として生きていけるのではないかと考えています。
 社会は組織ですから、当然規則があります。その目的は、社会を崩壊させないために、お互いに我慢しましょう、と言う事です。煩悩具足と言いますから、人間には互いを傷つけあう、本能があるのでしょう。

 武蔵は、この独行道の初めに【世々の道をそむく事なし】の言葉を載せているのは、自分への戒めでもあったと、思います。武蔵ほどの強く才能に満ち溢れた、天才とも言える人は、自分では気づかない内に、人に対して、高圧的になったり、傲慢になったり、自分の兵法への思いから、押しつけがましくなったり、色々反省する人生であったと、私は思うのです。

 その武蔵が『独行道』を表したのは、後に出てくる【我事尓於ゐて後悔を勢寸】のとおり、心の中では後悔する事が多かったのではないかと思っています。もし、自分の行動に『独行道』に載せたような事がなければ、その事すら気が付かないのではないでしょうか。
 私は、常々『独行道』は、自省のものと考えていました。もしも、私の思いが的を得て居たとしたら、武蔵の人間性に好感を持ちます。

 【参考文献】 
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.