「五輪書」から学ぶ Part-38
【水之巻】身のあたりと云事

   五輪書から】何を学ぶか?  

 今日のテーマは、体当たりです。人と人が戦う時、必ず考えておかなければならない事だと思います。

 空手やボクシングのように、手や足で相手にダメージを与える場合、柔道などのように相手を掴んで投げる場合、また合気道のように相手に触るか触らない内に逆技をかける場合などがあります。
 相撲などはぶつかり稽古などがあり、レスリングでは、相手の虚をつきタックルする場面をよく見かけます。

 格闘の世界だけではなく、ラグビーやフットボールなどの場合も相手にぶつかったり、タックルする方法で試合を進めます。

 この中でも、一番実戦に近いものは、相撲だと思っています。顔であれ、身体であれ、お構いなしに全力でぶつかります。実際に土俵の間際で観戦すると、頭と頭がぶつかった音など聞いていますと、人間とは思えません。

 空手の場合でも、私が今指導している流派(松濤館流)では、基本的にはありませんが、東恩納系(上地流・剛柔流・糸東流など)には、三戦や転掌といった体に打撃を与えて全身を鍛える方法があります。しかし相撲には異質の衝撃力があるのではないかと、想像しています。

 高校生の頃、中学生の時に相撲部にいた友達がいて、学校に元大関松登という力士が来て、ぶつかり稽古をした時の印象を教えてくれました。
 「まるで、コンクリートの壁にぶつかったような感触だった」と聞かせてくれました。その当時、松登はすでに引退していましたが、現役時代でも、みるからにブヨブヨ(失礼)で、ふわふわのお腹のように思っていました。写真がありませんので、五歳上の横綱照国を載せておきます。ちょうどこんなお腹です。今の琴奨菊などを想像してもらえば良いかと思います。結構お相撲さんには多いですね。しかも、体重が135kgもある日馬富士が小兵と呼ばれる世界です。こんな人に全力でぶつかられたら、ひとたまりもないと思います。

 それでも、こういう人とも戦う事を考えないと「勝つ利」には至りません。

【水之巻】の構成

 1. 水之巻 序           
28. 身のあたりと云事
29. 三つのうけの事
30. 面〔おもて〕をさすと云事
31. 心〔むね〕をさすと云事
32. 喝咄〔かつとつ〕と云事
33. はりうけと云事
34. 多敵の位の事
35. 打あひの利の事
36. 一つの打と云事
37. 直通〔じきづう〕の位と云事
38. 水之巻 後書
『原文』
28 身のあたりと云事 (原文を下記のルールに従って加筆訂正あり)
 身のあたりは、敵の際へ入りこみて、身にて敵にあたる心なり。少しわが顔を側め、わが左の肩を出し、敵の胸にあたるなり。わが身をいかほども強くなり、当たること、行き合ひ拍子にて、弾む心に入るべし。
 この入ること、入り習ひ得ては、敵二間も三間もはげ退くほどきものなり。敵死に入るほども当たるなり。よくよく鍛錬あるべし。
加筆訂正のルール
                 *仮名遣いを歴史的仮名遣いに統一
                 *漢字は現行の字体に統一
                 *宛て漢字、送り仮名、濁点、句読点を付加
                 *改行、段落、「序」「後記」を付けた
 『現代文として要約』

 28 身のあたりと云事

 身の当たりと言うのは、敵の脇に入り込んで、身体で敵に当たる方法である。少し顔を横に向けて、自分の左の肩を出して、敵の胸に当たる。自分の身体を出来るだけ強くして当たること、状態によっては、跳び込むように入ること。
 この入り込む方法を習得すれば、敵が二間(3.6m)も三間(5.4m)も撥ね飛ばすほど強いものである。敵が死ぬと思うほど強く当たる。よく鍛錬すること。

 『私見』

 これは、非常の場合の方法と推測しても良いと思います。実際に武蔵が体験して得たものか、それとも、想定した机上論なのかは解りません。机上論が全て悪い訳ではないので、この事については、機会があれば書こうと思っています。

 刀というものは、折れる場合もありますし、斬れなくなるとも聞いています。武蔵は大坂の陣に30歳の頃に参戦したと言われています。合戦では組討になる場合もあると思いますので、そういう経験があったのかも知れません。武蔵らしくないので、想像は出来ませんが。

 仰向きに倒れた時、偶然に人が自分の上に倒れ掛かった事がありました。高校生の時です。その時は息ができないほどの衝撃を受けた覚えがあります。その当時はかなり体を鍛えていて、お腹をバットでスイングさせて、当てても平気でした。それでも、耐える事ができませんでした。しかし、ただ立っている時に、体当たりをされて、それほどの衝撃を受けた経験はありません。

 現在行われている競技空手の場合は、危険回避のため組討は禁止です。しかし、空手は本来護身術ですから、当然体当りを想定しない分けには行きません。

 私が若い頃に一番気を付けたのは、タックルでした。柔道もある程度は経験がありましたが、レスリングのようなタックルも気を付けていました。
 武蔵の言うような体当たりには特に注意するようにしていました。体重の重い者に体当たりされた場合は、それこそ吹っ飛ぶでしょう。そういう面から言うと、力士は強いと思います。

 これも、生半可な気持ちで体当たりなどすると、反って跳ね飛ばされたり、反撃に遭う事になりますから、気を付けなくてはいけません。

 武蔵は、よく鍛錬するように言っていますが、体重差と言うものは、考えて置くべきだと思います。
 これも、孫子の言う「彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆しですね。 

 ビジネスの世界では、「ジョハリの四つの窓」(ジョセフ・ラフトとハーリー・インハム)が考案した理論が有名です。簡単に説明しますと、
                一つ目の窓は、自分も他人も知っている自分。
                二つ目の窓は、自分は知っていても、他人は知らない自分。
                三つ目の窓は、他人は知っていても、自分は知らない自分。
                四つ目の窓は、自分も他人にも解らない自分。
  大切なのは三つ目の窓で、社会生活では、恥ずかしい思いをしますし、兵法では、後れを取ります。四つ目の窓は、無意識とか潜在意識ですから、なかなか気が付くものではありません。それでも、この四つの窓のうち、二つ目の窓、すなわち、「己を知れば」にあたる部分の領域は、努力によって広げる事ができると、考案者は言っています。その事によって、三つ目の窓の領域が狭くなるので、どんどん広げていきたいものです。

 【参考文献】 
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.