「五輪書」から学ぶ Part-32
【水之巻】太刀にかはる身と云事

   五輪書から】何を学ぶか?  

 武道だけではなく、「心・技・体」と言う言葉が使われる事があります。では、この内のどれが一番大事なのかと言われますと、返答に困ってしまいます。

 若い時には、バランスが大切であるとは思っていたのですが、いざ、戦うと言う時に、バランスだけで良いのでしょうか。

 歳を重ねると、随分このバランスが崩れてきます。常に稽古をしていると、技については、衰えよりも少しは成長の兆しが見える事もあります。しかし、体となると年相応に老いていくことが、世の習わしでしょう。それでも、毎日体を動かすことでその衰えの進み方を緩和してくれるものと信じて日々動かすようにはしています。

 では、心の方はどうでしょう。究極は人間の持つ煩悩を無くす事だと、思っています。もちろん、 空手道という武道の中にも書きましたが、煩悩は、百八とも八万四千とも言われていますから、取り去る事は難しいとしても、相手と対峙した時に、首をもたげる煩悩から逃れる事は、可能だと信じています。いや、可能にしなければ武術・武道という事ができません。

 ここでは、どれが一番重要なのかではなく、順序にスポットを当てている所が重要な点ではないかと思っています。

 『五輪書』を読んでいて、しばしば思う事ですが、ともすれば精神論に陥りやすい所を、見事なまでに具体的な表現を用いて説明している所にあります。
 この具体的な所を、熟読しますと、刀の振り方、身体の置き方を通して、見えてくるのは、心の在り方ではないかと思うのです。そしてその具体的な内容をカリキュラムにして、実際に修練している間に、心が備わるようになるのではないかと思います。

 今回も、非常に短い文面ですが、武蔵の思いが伝われば良いですね。

【水之巻】の構成

 1. 水之巻 序           
22. 太刀にかはる身と云事
23. 打とあたると云事
24. 秋猴〔しゅうこう〕の身と云事
25. 漆膠〔しっこう〕の身と云事
26. たけくらべと云事
27. ねばりをかくると云事
28. 身のあたりと云事
29. 三つのうけの事
30. 面〔おもて〕をさすと云事
31. 心〔むね〕をさすと云事
32. 喝咄〔かつとつ〕と云事
33. はりうけと云事
34. 多敵の位の事
35. 打あひの利の事
36. 一つの打と云事
37. 直通〔じきづう〕の位と云事
38. 水之巻 後書
『原文』
22. 太刀にかはる身と云事 (原文を下記のルールに従って加筆訂正あり)
 身に替る太刀ともいふべし。総じて、敵を打つ身に、太刀も、身も、一度には打たざるものなり。敵の打つ縁により、身をば先打つ身になり、太刀は身に構はず打つところなり。もしは、身は行かず太刀にて打つことはあれども、おほかたは身を先へ打ち、太刀を跡より打つものなり。よくよく吟味して打ち習ふべきなり。
加筆訂正のルール
                 *仮名遣いを歴史的仮名遣いに統一
                 *漢字は現行の字体に統一
                 *宛て漢字、送り仮名、濁点、句読点を付加
                 *改行、段落、「序」「後記」を付けた
 『現代文として要約』

 22. 太刀に替わる身と言う事

 身に替わる太刀とも言える。大体敵を打つときには、刀も体も一緒に動いて打たないものである。敵が打ってくる状態で、体が先に打てる状態になった時、刀はその体を意識しないで、打つ。もしくは、まだ体が打てる状態にない時に、刀を振る事はあっても、殆どの場合は、体が先に打てる状態を作り、刀はそののちに打つものである。よく研究して、打つことを習うべきである。

 『私見』

 「身ハゆかず、太刀にてうつ事は有れども」(原文)という事は、刀から動いて後から身体が動くことは、ある事はあっても、と、特殊な場合であると、武蔵は言いたいのだと思います。
 要するに、準備が整わないで行動を起こす事は、決して良い結果を生まないのではないでしょうか。
 ただ、触れれば斬れる刀の場合は、それでも良い結果になる事もあるのかも知れません。

 空手の場合では、如何に全身凶器のように鍛えたとしても、それは、体を整えての攻撃に威力が期待できるのであって、偶然に勝つような状態になったとしても、準備が整っていない状態での攻撃での効果は、期待できません。しかも、その期待は大きく崩れ、窮地に追い込まれる事の方が多いでしょう。

 これは、仕事の面でも同じ事が言えるのではないでしょうか。『幸運の女神には、前髪しかない。』(レオナルド・ダヴィンチ)という言葉があったとしても、容易万端整わないチャンスは、掴みにいかない方が良い場合が多いのではないでしょうか。

 幸運を掴みたいのであれば、常に幸運を掴める資格を養成しておくべきなのです。
 確かに、戦いの場(現在の社会でも)で、いつもいつもチャンスが巡ってくる分けではありません。ですから、尚更の事、常日頃の精進が大切なのだと思っています。
 

 【参考文献】 
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.