「五輪書」から学ぶ Part-10
【地之巻】兵法の拍子の事

   五輪書から】何を学ぶか?  

 今回は、拍子という事が取り上げられています。拍子と言うのは、現在でも使われていますが、「五輪書」で使われている意味は、調子、勢い、はずみなど色々の意味が含まれていると思われます。西洋音楽では一小節の拍数を表しますが、ここでは、時代を考えて、その都度読み分けないと、本当の意味が伝わらないと思います。ちなみに、「拍」というのは、手の平でたたく、うつ等の意味があるそうです。そうすると、拍手、拍車、脈拍などの意味も何となく解るような気がします。

 現代文として要約する場合には、原文で拍子と書いてあっても、リズム、タイミング、勢いなどの言葉に変換しようと思っています。

 なぜ、こんな文字の解説を、初めにするかと言いますと、本文でも書かれてありますが、兵法においては、非常に重要な部分ですので、他の巻でも、その都度出てきます。 この拍子を読み間違えると、全く意味が違ってくるものと考えています。

【地之巻】の構成

 1. 序                  
10. 兵法の拍子の事
11. 地之巻後書
『原文』
10.兵法の拍子のこと (原文を下記のルールに従って加筆訂正あり)
 物ごとにつき、拍子はあるものなれども、とりわき兵法の拍子、鍛練なくては、及難きところなり。
 世の中の拍子顕てあること、乱舞の道、伶人、管弦の拍子など、これみなよく合ふところの、陸なる拍子なり。武芸の道にわたつて、弓を射、鉄炮を放、馬に乗ことまでも拍子・調子はあり。諸芸・諸能にいたりても、拍子を背くことはあるべからず。また、空なることにおいても、拍子はあり。武士の身の上にして、奉公に身を仕上ぐる拍子、仕下ぐる拍子、筈の合ふ拍子、筈の違ふ拍子あり。あるいは、商の道、分限になる拍子、分限にてもその絶ゆる拍子、道々につけて拍子の相違あることなり。もの毎盛ゆる拍子、衰ふる拍子、よく々分別すべし。
 兵法の拍子において、さまざまあることなり。先づ、合ふ拍子を知つて、違ふ拍子を弁へ、大小・遅速の拍子のうちにも、当たる拍子を知り、間の拍子を知り、背く拍子を知ること兵法の専なり。この背く拍子弁へ得ずしては、兵法たしかならざることなり。兵法の戦ひに、その敵々の拍子を知り、敵の思ひよらざる拍子を以て、空の拍子を知り、智恵の拍子より発して勝つところなり。いづれの巻にも拍子のことを専ら書きしるすなり。その書き付を吟味してよくよく鍛錬あるべきものなり。

加筆訂正のルール
                 *仮名遣いを歴史的仮名遣いに統一
                 *漢字は現行の字体に統一
                 *宛て漢字、送り仮名、濁点、句読点を付加
                 *改行、段落、「序」「後記」を付けた

 『現代文として要約』
10. 兵法の拍子のこと
 物事には、そのタイミング(間)やリズム(調子)、テンポ(速度)など(総称する場合を拍子と呼ぶ事にする)があるが、特に兵法の拍子は、鍛錬なくしては体現できない。 
 能芸、楽人、管楽など知られているが、これらはみんなぴったり合う事が正しい拍子である。武芸の道には、弓・鉄砲・馬に乗る、全てに拍子やはずみがある。諸芸・諸芸でも拍子を外してはいけない。また、姿、形がないものにも拍子がある。例えば、武士が一身上の境遇で、主君に仕え、出世・栄達するための拍子、逆に失脚する拍子、思い通りに事が運ぶ拍子、また行かない拍子がある。商いの道でも、大成功する拍子、没落する拍子、それぞれの道に様々な拍子がある。このことをよく見分けないといけない。
 兵法の拍子でも、まず自分の思いに合う拍子を知り、外れる拍子を弁え、大小遅速の拍子の中で、敵と遭遇する拍子、敵との間合いの拍子、敵と食い違う拍子を知る事が重要である。とりわけ、敵と食い違う拍子が解らない場合は、兵法の道を十分に身に付けているとは言えない。戦いの場で、敵の拍子、敵の思いが行き届かない拍子、姿、形のない拍子を知り、兵法の知恵にて勝つ事ができる。以後の全ての巻にも拍子について書き記している。その書き付けをよく読み、鍛錬を積む必要がある。

 『私見』
 一般には、調子を外す、間が悪い、早すぎる、遅すぎるなど、物事を成し遂げるために、無くてはならない要素です。しかし、武蔵の言うように、この拍子を合わせるために、人はみんな苦労しているのだと思います。
 例えば、TPO(時と所と場合)を弁えなさいと言われますが、これも拍子と言えるでしょう。いくらタイミングは良くても、そのタイミングに合わせなければ機会を失うことになります。空手の場合では、今攻撃のタイミング(間)である事を察知したとします。でも攻撃に威力がなく相手に当たっても、鼻で「フン」とあしらわれてしまっては、折角のタイミングを失ってしまいます。逆に攻撃力は十分にあっても、間が悪い場合はどうでしょう。まったく相手の居る場所と違ったところを攻撃したり、相手に届かなかったり、役に立たない事になります。

 何も、戦いに限った事ではありません。折角、練りに練った提案をまとめたとしましょう。これも、発表する機会であったり、タイミングを間違ったりすると、折角の提案も屑籠の中に押しやられます。
 仕事をする上でも、拍子を見極める能力を身に付けなければいけません。武蔵の言うように、経験して痛い目に合わないと身に付かないのかも知れませんが、失敗した時の反省として、ものの本体とは別に、タイミングやリズム、テンポが合ってたのかを検証する事も必要なのではないでしょうか。

 私のつたない経験で言えば、殆どの場合、この拍子で失敗している人を多く見てきました。

 空手でも、力もスピードも、もう私を十分超えていても、拍子が掴めていないために、有効な攻撃、防御が出来ていない事が多いのではないかと、思えます。

 動画では、空手では一般的な基本組手を紹介しています。
 実施者の前半は、礒田正典師範と礒田みちる(先週[2017/09/18]の第51回大阪府空手道選手権大会で組手優秀選手)、後半は礒田正典師範と私です。

 特に、この動画では、拍子を見てもらいたいのですが、礒田師範はすでに、力もスピードも私を上回っていますが、社会的儀礼なのか過去の記憶のためでしょうか、タイミングが遅くなって、受け切れていません。同じように礒田師範と礒田みちるの場合も同様のタイミングのずれが見られます。

 先輩が後輩に勝ったからと言って、慢心してはならないと思っています。礼儀が身についている人ほど、真剣勝負でない時は、本人が気づいているか、いないかは別にして、勝ちを譲ってくる場合が多いものです。
 ですから、基本組手では真剣勝負のように稽古しなければなりません。基本組手の良い所、三本組手の良い所、自由組手の良い所を十分認識した上で、稽古することが大切だと思っています。

【参考文献】
 ・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.