私がよく引用する『瀉瓶』も器です。「水は方円の器に従う」という言葉もあることですから、人間の度量を計るには最適な言葉なのかも知れません。
ここで孔子が言った「瑚れん」とは如何なる器なのでしょうか。まず、それを調べて見る事にします。著作権の関係で写真を載せる事は差し控えますが、その器の用途は、穀物などを盛って神に祭るための器であることが分かります。見て見たい人は、Googleの画像で「瑚れん」を検索するとすぐに見る事ができます。それが珊瑚で出来ているのか、珊瑚の「瑚」と「れん」は、古代の宗廟でキビなどを盛る器(出典:デイリーコンサイス中日事典 三省堂.)という意味の漢字を使っています。
ただの器ではなく、特別の祭事に使う器である事は想像できると思います。
●ここで使われている「瑚れん」の「れん」の漢字は、下の字です。環境依存文字ですから、画像にしました。
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さて、以上のような知識を得たうえで、『論語』を読んで見たいと思います。
●白文
『子貢問曰、賜也何如、子曰、女器也、曰、何器也、曰、瑚れん也』。
●読み下し文
『子貢(しこう)、問うて曰(いわ)く、賜(し)や何如(いかん)。子曰(のたまわ)く、汝(なんじ)は器(うつわ)なり。曰(いわ)く、何の器ぞや。曰(のたまわ)く、瑚れん(これん)なり』。(公冶長篇5-4)
白文の「女」の文字は義疏では「汝」と表されています。(義疏と言うのは、特に、経典・経論などの意義・内容を解説した書。)(出典:大辞林 第三版 三省堂.)と言う分けで、書き間違えではありません。
どうもこの高弟子貢と孔子の問答には、前段があるようです。為政篇2-12に『子曰、君子不器』という言葉を見つけました。孔子は君子は器ではないと言っています。ようするに、用途の限定した器であってはならない、幅広い視点と教養を兼ね備えた徳のある人でなければ、君子と言えない。と言っていると思います。
では、なぜ、後に「孔門十哲の一人」と称される程の高弟に、『女器也』と子貢の事を器であると言ったのでしょう。ちなみに、子貢の名が「賜」なので、自分は何の器ですかと、聞きなおしています。すこし「カチン」と来たのかも知れません。自分より能力の劣る者に対して「君子」と呼ぶことがある事を知っていたからです。
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ただし、『論語』の中で弟子の中で「君子」と明確に言った事は無いようです。雍也篇2-13の中で子夏に対しては、「君子のような器量と礼節のある学者」になるように言っていますし、子罕篇2-2-20では、孔子が「君子」の話をしている時に漏らさず聞いているのは、顔淵だけだと言い、また、ある時は前途洋々の顔淵の財に恵まれないさまを憂いている言葉も見受けられます。
私は自分の弟子に直接、「君子」と言う孔子がいたら、少し残念に思います。『論語』の中で、かなりの多くの言葉を『孔子の言葉』として記されていますが、孔子は『君子たる者』に対するイメージを弟子に伝えている事が殆どと言って良いほどです。
その「君子」と言って欲しい弟子、しかも『何器也』とは、何事、と思うような礼に欠ける質問です。
私の考え方が古いのかも知れませんが、2500年前の儒教の始まりと言われている先生とその弟子の会話にしては、頷けません。もちろん、この通りの会話が行われたかどうか、知ることも出来ません。後世に編纂された『論語』ですから。
まず、「器」と言った言葉を理解し咀嚼した後、それでも聞けばよいと思います。しかし、孔子の弟子の中でも十指に数えられたという、子貢です。いかに優れた弟子であろうとも、『何器也』の中に「それは無いだろう」と言うような驕った気持ちがあったとしたら、ますます、「君子」ではないと思います。
「君子」とは「詩・楽・礼」を備えれば良いかと言うと、備えは基礎が成ったと言うだけで、『徳』を持って周りに影響を与えたり、孔子の言う徳治政治で民衆を幸せに導いた結果、称される言葉だと思います。孔子の元に居る間は、少なくとも基礎があるかないか、すなわち、君子の器があるかないかであり、「君子」には成りえません。
ですから、子貢に対する評価は、最高の評価だと思います。しかし、その器、すなわち「瑚れん」に相応しくなるように示唆している事も、孔子の思いではないかと思うのです。
私からすると、「守・破・離」の「守」も弁えていない、質問だと思いますが、違うのでしょうか。
【参考文献】
・呉智英(2003-2004)『現代人の論語』 株式会社文藝春秋.