小学校四年生で習う、202字の内の5つの漢字を書いています。漢字は2020年度施行の学習指導要領に対応しています。
表示は左端が対象漢字、続いてカタカナは音読み、平仮名は訓読み、画数、部首の順です。そして、ことわざ・故事・文章などから一つを選んでその漢字の使われ方を示す事にしました。
121. [然][ゼン][ネン][画数:12画][部首:⺣]
『旧態依然』
私もこういう教育を受けた一人だと思います。なんでも進歩、あるいは変わらないといけないような気持ちにさせます。
確かに諸行無常と言うように変化は常に起こっています。これが自然の摂理と言うものでしょう。
しかし、その進歩や発展が果たして、この世界にとって、生きとし生けるものにとって良い事なのか、疑問に感じる事も多く見られます。
松尾芭蕉の理念の一つ「不易流行」が、私にとっては納得できる考えです。何でもかんでも、昔のものが悪い事ではないと思います。
楷書 |
行書 |
草書 |
122. [争][ソウ][あらそ-う][画数:6画][部首:亅]
『蝸角之争』
この言葉の意味としては、カタツムリの角のように小さい角を突き合わせて争う事が、如何に無益な事だと言っているのでしょう。
しかし、現実にはすべての争いがこの言葉に匹敵するように思えます。
争う双方にとっては、引くに引けない大義があるのかも知れません。すこし客観的に立場を置くだけで、無駄な事と思えるかも知れません。
どちらも無益だと知って矛を収めれば良いのですが、自分の正義だけを振りかざす人や国がいる事も事実でしょう。
そんな時は、「身にふる火の粉は 払わにゃならぬ」と星野哲郎作詞の「柔道一代」の歌詞の中にあるように、やはり戦う事が人間の本質なのでしょうか。
座して死を待つのも、能が無さすぎます。一番良い方法を選択出来るのも人間の智慧と言うものです。
楷書 |
行書 |
草書 |
123. [倉][ソウ][くら][画数:10画][部首:人]
『商人は損していつか倉が建つ』
「ぼちぼちでんなぁ」が大阪商人の挨拶でした。この言葉は、本当に損をするのではなく、言葉では損をしているように言っても、実際には利益は確保していると言う意味です。
しかし、私の知る限りでは、損をすると言う言葉は余り聞き覚えがありません。ただ、大阪では木で鼻を括ったような素っ気ない断り方はしなかったと思います。
これもその土地その土地で、言い方が違うようです。
東京で営業をしている時に、扉を開けると同時に、大阪の人は嫌いだと言ってピシャっと扉を閉められたことがありました。大阪の人間と言うだけで信用がないと言うのか、騙されると思っている人もいる見たいです。
確かに相手に気を使って、オブラートに包んだような言い方はします。この事が土地柄によってはハッキリしない、騙しているように取られるのでしょう。
楷書 |
行書 |
草書 |
124. [巣][ソウ][す][画数:11画][部首:木]
『巣林一枝』
意味としては分相応に生活すると言う意味で使いますが、このブログで何度も書きましたが「足るを知る」と言う事と同じような意味だと思っています。
この言葉は、林に棲む鳥でも、巣を作るのは一枝だという事から言われていますが、「起きて半畳寝て一畳天下取っても二合半」と同じ意味だと思います。前にも何度かこの言葉もこのブログに掲載しましたが、誰が言ったのか定かではありません。
楷書 |
行書 |
草書 |
125. [束][ソク][たば][画数:7画][部首:木]
『束手無策』
読み方は「手を束ねて策無し」と読みますが、束ねると言うのは腕組みですね。ようするに手の打ちようがないと言う意味です。
この言葉自体は難しい文言ですが、生きていればそんな事にも出くわします。
若い頃は、それが解らず、何事にも手を出しては失敗しましたが、何度か失敗を繰り返すうちに、自分には出来ない事を知るようになりました。
楷書 |
行書 |
草書 |