【五輪書から】何を学ぶか? |
身のあたりと云事の「私見」で、机上論についての考えを改めて書く事を予告していました。
今回のテーマは、「面〔おもて〕をさすと云事」ですが、これは正に経験を元に書かれてあると思います。ですから、机上の空論とは言えないでしょう。
一般的に机上論とは、絵空事や絵に描いた餅のように言われています。それでは、戦略本部や参謀本部はどうでしょうか。戦略本部の人達や参謀本部の人達が現場に行っていたのでは、その役割を果たす事はできないでしょう。確かに現場を無視した計画や、現場を知らない論説は、その名の通り、机上の空論に過ぎません。
物事を習得するには、必ず習得の仕方が無くてはなりません。それが、譬え先輩のやり方を盗んで覚える方法であれ、理論的なカリキュラムがあり、それを遂行する事で習得する方法であっても、その発端は、机上論ではないでしょうか。
先輩のやり方を盗む場合でも、よく見て、それを自分のものにするために、試行を繰り返し、よく考え、またやってみます。そのよく考え思慮し、熟考することは、机上論に過ぎません。
理論的なカリキュラムにおいても、同様に試行錯誤して初めてカリキュラムの求める目的に達するのではないでしょうか。
武蔵は、 「五輪書」から学ぶ part-2の1.序(原文)に「朝鍛夕錬」という言葉を用いています。私は、朝に鍛え夕べに練ると、意訳しています。
すなわち、朝は身体を動かして、思い通り身体が動いてくれるように訓練します。そして、夕べには、朝の訓練がうまくいったか、また、うまくいかないのは、なぜなのかを考えます。そして、明日の訓練の計画を立てます。いわゆるPDCA(Plan・Do・Check・Action)と同じです。
ここでも、チェックし、改善する事を考えます。そうです、この段階では、机上の空論なんだと思います。
机上の空論をアイデアに変え、アイデアを現実化してしまう能力を、人は持っているのではないでしょうか。少なくとも私は、そう感じています。
【水之巻】の構成
30. 面〔おもて〕をさすと云事
31. 心〔むね〕をさすと云事
32. 喝咄〔かつとつ〕と云事
33. はりうけと云事
34. 多敵の位の事
35. 打あひの利の事
36. 一つの打と云事
37. 直通〔じきづう〕の位と云事
38. 水之巻 後書
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30 面〔おもて〕をさすと云事
面を刺すと言うのは、敵と太刀が合う程の間合いでは、敵の太刀と自分の太刀の間から、敵の顔を自分の太刀で突く気持ちになる事が大切である。
相手の顔を突く気持ちを出せば、相手は顔も身も仰け反るものである。敵を仰け反らせるようにすれば、色んな勝つ方法を考えられる。よく工夫すること。
戦いの最中に、敵が仰け反る気持ちになれば、すでに勝てる状態である。だから、常に顔を刺す気持ちを忘れてはならない。稽古の時には、この勝つ利を鍛錬する必要がある。
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『私見』
空手の場合、色々な競技、稽古の方法が過去にも、試行錯誤されています。
昭和の初めには、防具を付けての組手方法が研究されていました。理由は、相手を付けないで稽古していても、実際に強くなったのか、自覚できないからでしょう。紆余曲折しながら、稽古の方法として、防具を付けて練習する方法と、防具を付けないで練習する方法に分かれていきました。
私は防具を付けない方を選んでいますが、それには理由があります。
ここで書かれてある、「おもてをさす」ことと、共通する部分を感じるからです。通常人間は、鍛えた部分については恐怖心を払拭できますが、顔については鍛えようがありません。
顔を攻撃されると、「仰け反る」ように反応します。眼をつぶらないようにすることは、訓練で少しは慣れますが、咄嗟に顔を攻撃されると、仰け反ってしまいます。もちろんこれも、練習によって、正中線を立てたまま身体全体を移動させることも、ある程度できるようになりますが、かなり時間がかかります。
ボクシングなどでは、「仰け反る」本能的な動きを防御の方法として取り入れています。
私が防具をつけない方法を選んでいるのは、恐怖心が最大の理由です。恐怖心があるからこそ、真剣になれると思っています。真剣になる事ができるから、「武道」としての道に進むことができると思っています。
武蔵が言うように、真剣勝負では「面をさす」という事と、相手を仰け反らせる事は、「勝つ利」に直結する事であろうと思います。
ねばりをかくると云事では、相手の「ニーズ」について書きましたが、この場合は、人間の本能をうまく利用する方法と思います。
社会生活でも、理路整然とした方法よりも、人間の本能を刺激する方が意外と効果が上がることもあると思います。
人間は、常に完璧ではありません。動物では最大の武器は本能ですが、特に考える事の出来る人間にとって、最大の弱点は本能であるのかも知れません。
【参考文献】
・佐藤正英(2009-2011) 『五輪書』ちくま学芸文庫.
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