今日の文字は『式しき 』です。書体は行書です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第百六十九段』を読んで見て、感じた文字です。
原文
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式
☆柚子胡椒の焼うどん、レシピ公開
ちょっと変わり種の焼うどんです。一人分用。
うどん1玉。冷凍でも生でもOK。ただし冷凍の物は、ゆがくか、チン。
玉ねぎ1/4個を細目に切る。私は玉ねぎの中心に向かって半月状に切ってます。
ゴボウ、ささがきか、細く2mm×4cm位の棒状に切って水につける。
あれば、水菜でも三つ葉でも、そんな感じの野菜。
豚肉少々。3cm×3cm程度に切る。5枚くらいあればOK。
作り方。(A)
(1)麺つゆ(私は2倍濃縮使用)大さじ3杯程度。
(2)柚子胡椒、チューブ入りを1cm程度、入れすぎると辛い。
(3)ゴマ少々。
(4)ゴマ油。大さじ1杯。
作り方。(B)
(1)フライパンにごま油を引き加熱してから豚肉を炒める。
(2)豚肉の色が変わったら、ゴボウ、玉ねぎの順に炒める。
(3)うどんを入れて炒める。
(4)6.(A)を大さじ2杯ほど入れて味をみる。足りなければ足す。
(5)最後に水菜を入れて、さっと炒めて出来上がり。
歯触りがサクッとして、ちょっと辛めの焼うどんです。大体5分で出来ます。一度試して見ては?
さぁ、今日も一日元気で過ごしましょう。
徒然草 第百六十九段 〔原文〕
「何事の式といふ事は、後嵯峨の御代迄はいはざりけるを、近き程よりいふ詞なり」と、人の申し侍りしに、建禮門院の右京大夫、後鳥羽院の御位みくらい の後、また内裏住みしたることをいふに、「世の式も變りたる事はなきにも」と書きたり。
『現代文』
『「何々の式と言うのは、後嵯峨の御代迄は言わなかったのを、近頃言う言葉である。」と、人が言いいますが、建禮門院の右京大夫が、後鳥羽院の御位みくらい の後、もう一度天皇の住まいに女官として復帰したことを「世のしきも変わりたる事はなきも」と書いています。』
『式』
『建礼門院右京大夫集』に次のような文章が見られます。
『思ひのほかに、年経てのち、また九重の中を見し身の契り、かへすがへす定めなく、わが心の中も、すぞろはし。藤壺の方ざまなど見るにも、昔住みなれしことのみ思ひ出でられて悲しきに、御しつらひも、世のけ しき も、変りたることなきに 、ただわが心の内ばかり、砕けまさる悲しさ。月の隈なきをながめて覚えぬこともなく、かき暗さるる』
であれば、兼好法師がこの文章を間違って読んだと考えられます。『け 』を抜いてしまったのでしょう。
勘違いや間違いは誰にでもありますが、人の言う事に反論するのであれば、もう少し調べてから書くべきだと思います。
【参考】
建礼門院 :(一一五五~一二一三)平安時代後期の高倉天皇の中宮で安徳天皇の母。平清盛の次女で、名は徳子(とくこ)。壇ノ浦で安徳天皇と入水(じゆすい)したが源氏に救われ、剃髪(ていはつ)して京都大原の寂光院(じやつこういん)で仏道に専念した。『平家物語』の「灌頂(かんじよう)の巻」や謡曲「大原御幸(おはらごこう)」に登場する。
(出典:学研全訳古語辞典 学研.)