空手道における型について【27】
慈恩 31~47

 

 文章の青字で記述したものは、現在、日本空手道髓心会で行っている方法です。しかし、これも全日本空手道連盟の指定の方法がありますので、これに従って練習しているのが実情です。これについては、記述していません。
 なお、緑字で記述したものは、原点に戻した方が合理的と思われるところです。

 昭和10年当時まだ立ち方、受け方、突き方の名称が定まっていなかったと思われる記述があります。この場合も現在の方法として、青字で書く事にします。現代文にしても意味が分かりにくい部分については、赤字で追記するようにしています。同じく、写真(『空手道教範』にある)を参照の部分については、赤字文章で分かるように追記しています。『空手道教範』に掲載の写真は著作権の関係もあると思いますので、載せていません。
〔ページを遡る煩わしさを避けるため、説明部分は、前回までと重複して記載しています。

 

慈恩じおん-31~47

 今回も慈恩ですが、序盤中盤に引き続き最後の終盤を掲載します。
 序盤は、 慈恩序盤を、
 中盤は、 慈恩中盤を参照してください。

31.第二線に向って、右足から先に飛込むと同時に、左足を右踵後に引付け、腰を落し、(31)のように両手を組み(右上)下段蹴りを受ける。
『「(右上)」と言うのは、交差する時の手の組み方で、この場合は、右手が左手の上と言う意味です。』
『髓心会では交差立で立っています。』

32.左足を一歩退くと同時に、両手を(32)のように後方に掻分ける。
(注)両手で受けた足を、右手か左手で掻き払った意味。
『「後方」と言うのは、自分の身体の左右と言う意味です。』

33.右足をそのまま、左足一歩進むと同時に、両手(右上)で中段掻分け。
『「(右上)」と言うのは、交差する時の手の組み方で、この場合は、両手が交差するのは、帯のあたりなので、右手が左手の上と言う意味です。』

34.右足一歩進む(前屈)と同時に、両手で額上高く(34)のように上段挟み受けを為す。左手は下に。
(注)この所三項は空手組織中最も精妙を極めた処で、下段、中段、上段と千変万化、実に面白く出来ている。空手を学ぶ者は、型の中からこのような手を探し出してよくよく玩味すべきである。
『「左手は下に」と言うのは、左手が内側、右手が外側と「空手道教範」の写真から判断できます。』

35.そのまま右裏拳で敵の顔面を打つ。

36.そのまま左掌で打ち被せて受けるのと同時に、右拳を高く肩の上に(肘を曲げて)構える。
『「空手道教範」には、「打ち冠せて」となっていますが、あまり現在使われていないと思いましたので、「被せて」としました。』

37.相手の人中を裏拳で打つ心持で、右裏拳を正中線に打出す。この時左手首の上に右肘が接する様。騎馬立初段(二四)参照。
(注)以上三挙動は熟練すれば敏速に続けて動作すべき所である。
『「騎馬立初段(二四)参照」と記載されていますが、印刷ミスかも知れません。騎馬立初段の(二九)は、立ち方は騎馬立ですが、左手首に右肘が接するよう右裏拳をしている動作があります。 鉄騎初段後半(29)参照。

38.右足を軸として左へ廻りながら、前屈、左中段受けの姿勢。

39.同一線上に、右足前進すると同時に、左拳を引き右拳中段突き。
『髓心会では、右中段追突きと呼称しています。』

40.同一線上で、左足を軸として右へ廻りながら、右足を一歩踏出して右手中段内受、左手腰
『左手腰、で句読点もなく文章が途切れていますが、印刷ミスと思われます。このままでも、意味は同じですが、「左手腰に引く。」あるいは、42.のように「左手腰。」と読めば良いと思います。』

41.左足一歩踏込み(前屈)左手中段突き、右拳を腰に引く。
(注)以上左右の動作は同様の要領である。
『髓心会では、左中段追突きと呼称しています。』

42.右足を軸に、第二線に向つて左足を一歩踏出すと同時に、前屈の姿勢をとる左手下段払、右手腰。
『髓心会では、左前屈立左下段払いと呼称しています。』

43.(43)のように右拳右足共に高くあげて、相手の突込む手を打落しながら、右足を踏込む。
『踏み込んだ時の立ち方は、騎馬立にしています。髓心会では、相手の中段突きを打ち落としています。』
『文章では相手の攻撃位置が明確ではありませんが、(44)(45)と同じ動作の連続と推測し、上段突きを打ち落とす方が、動作としては理論的と思います。』

 一口メモ(1) 

 (43)から(45)の立ち方は、松濤館流系統の会派、団体により、前屈立の場合と、騎馬立の場合がありますので、知識として知っておく必要があります。ちなみに、英語版の「KARATE-Dō KyōHAN」(by Gichin Funakoshi translated by Tsutomu Ohshima)及び『精説空手道秘要』(内藤武宣著)では、前屈立中段内受け(旧称中段外受け)になってます。
 右の図は、「空手道教範」の演武線に沿って足形がありますので模写しました。
 この図の白抜きの足形が(45)にあたります。この足形を見る限りでは、騎馬立と前屈立の中間の立ち方と思います。 
 前にも書いていますが、当時は前の足を曲げる、あるいは後ろの足を曲げる。両足を伸ばす。などで、厳密な立ち方を強制していなかったと思います。立ち方についてはあまり厳密に規定することなくその場にあった立ち方で良いと思います。それぞれの体格や場面によっても変わる事ですから。

 
44.左拳左足共に高く上げて、左手首で敵の上段突きを打落すと同時に、左足を踏込む。
『髓心会では、相手の中段突きを打ち落としています。』
『原点のとおり、相手の上段突きを打ち落とす方が、動作としては理論的と思います。』
一口メモ(1)参照。

45.右拳、右足共に高く上げて、右手首で敵の上段突きを打落すと同時に、右足を踏込む。
『髓心会では、相手の中段突きを打ち落としています。』
『原点のとおり、相手の上段突きを打ち落とす方が、動作としては理論的と思います。』
一口メモ(1)参照。

46.右足を軸として、左廻りに左足を第一線上に移すと同時に、右手を上に両手(甲を上)を交叉して、(46)のように左へ寄足しながら、互に両手を引張るように、左拳を左方へ伸し、右拳を胸の前に止める。顔左向。
『髓心会では、手を交差する動作と肩の位置に伸ばす手を一つづつ動作をします。肩の位置に伸ばす事を、流し突きと呼称しています。』
『この文章のように、寄り足をしながら手を交差して、寄り足が終わる時に突き終わる方が良いと考えています。私が習った頃はそんな記憶があります。』

47.前と反対に、右へ寄足しながら、左右の手を交叉(左を上)すると直ぐに、引裂く様な心持で右拳を右方へ伸し、左拳を胸の前に止める。顔右向。
(注)側面から突込んで来る敵の手を、引き掴むと同時に引き寄せながら、敵の脇下を突く意味である。
『髓心会では、手を交差する動作と肩の位置に伸ばす手を一つづつ動作をします。肩の位置に伸ばす事を、流し突きと呼称しています。』
『この文章のように、寄り足をしながら手を交差して、寄り足が終わる時に突き終わる方が良いと考えています。私が習った頃はそんな記憶があります。』
現在では、最後をゆっくりと動作していますが、原点に戻して早く動作するべきだと考えています。

 一口メモ (2) 

 この最後の立ち方は、「空手道教範」に写真が掲載されていますので、文章には、明確な指示はありませんが、騎馬立と解釈しても良いと思います。
 一口メモ(1)の演武線上の黒の足形は、(46)の立ち方の足形なのでこれを参照する限りでは騎馬立と推測できます。


(直れ)右足をおもむろに引き、両手も用意の姿勢に復する。燕飛、岩鶴、慈恩のような型は、研究すればする程深い味があり、実に又と得難き型である。
 
 
 
 
 
 
 
 

演武線ではイメージが湧きにくいと思いますので、実際の足跡をたどってみました。終盤足跡とあるのは、31.~47.までの足跡です。慈恩全足跡と書かれてあるのは、序盤・中盤・終盤の全足跡です。

 次回は、半月前半を掲載します。

【参考文献】
・富名腰義珍(1930)『空手道教範』 廣文堂書店.
・富名腰義珍(1922-1994)『琉球拳法 唐手 復刻版』 緑林堂書店.
・Gichin Funakoshi translated by Tsutomu Ohshima『KARATE-Do KyoHAN』KODANSHA INTERNATIONAL.
・杉山尚次郎(1984-1989)『松濤館廿五の形』東海堂.
・中山正敏(1979)『ベスト空手8 慈恩・岩鶴』株式会社講談社インターナショナル.
・中山正敏(1989)『ベスト空手8 慈恩・岩鶴』株式会社ベースボールマガジン社.
・内藤武宣(1974)『精説空手道秘要』株式会社東京書店.
・金澤弘和(1981)『空手 型全集(下)』株式会社池田書店.
・笠尾恭二・須井詔康(1975)『連続写真による空手道入門』株式会社ナツメ社.