『健体康心』
始めてこの言葉を耳にしたのは、今から40年程前になります。
現在ではNPO法人生命の貯蓄体操普及会として全国展開されている一人の指導者から聞きました。
「体が健やかで、心が康らかなこと」
良い言葉だなと、その団体独自の言葉だと思っていました。
実はこの言葉は、「易経」という儒教の代表的な経典に書かれている「健体康心」という四字熟語にあるそうです。
この言葉が元になって「健康」となったらしいですね。
世界保健機構(WHO)が健康について次のように定義しています。
『従来、WHO(世界保健機関)はその憲章前文のなかで、「健康」を「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」昭和26年官報掲載の訳
“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”』
この前文は平成10年のWHO執行理事会にて改正案が提出されましたが、いまだ改正には至っていないようです。
定義づけるのは専門家に委ねるとして、ここでは「健康」は単に体が健やかな事だけではないと認識しておきましょう。
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という言葉も、一度は聞いたことがあると思います。
元々はユウェナリス(デキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalis))の詩の一節で、
もし祈るとすれば「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body)というのが出典らしいです。
自分自身の経験からも「身体が健やか」だからと言って「健全な精神」であるとは言い難いと思っています。
空手道の世界でも「強さ」と「高潔な精神」が融合されるべきだと願うばかりです。
さて、基礎体力の培い方について、今まで投稿してきましたが、前述の事はさておき、単純に身体の健やかさだけを取り上げて、注意するべき点を挙げてみたいと思います。
- 軽い運動だと思っても、人によって疲労度が違う事を認識するべき
- ちょっと運動しても、直後は免疫力が低下する事を認識するべき
- 自分の疲労感と実際の疲労が違う事を認識するべき
- 基礎体力を培うと言っても、一朝一夕で得られるものではないと認識するべき
- 継続しなければ、どんなに素晴らしいカリキュラムであっても身に付かないと認識するべき
以上、何度もカリキュラムを作り、実践し、失敗し、試行錯誤した思いを披歴しました。