お習字から書道へ Section 9

 「出会い」が人生を変える事があります。私は東京の大学に入学して、大阪から千葉の市川と言う所に一人ですむ事になりました。

 大阪から転居した日に、東京、千葉と空手の道場を訪ね歩きました。大学に行くためか、空手の道場に入門するためか分からないくらいに、空手に没頭していた時期です。
 
 大阪では、我流ともいえる空手と、友達が糸東流の道場に通っていた関係で、切磋琢磨しながら、色々な道場の練習を見に行く機会がありました。お陰で、糸東流の故高丸治二先生からほんの少しですが声を掛けてもらった事も、何かの縁でしょう。

 東京での一日目は空手の道場探しです。幾つかの道場には行ったのですが、どうも入門する気になれず、夜の11時過ぎになってしまいました。

 今でもよく覚えていますが、山手線の日暮里の駅のベンチに座り、また明日にしようかと思って、ふと前を見ると大きな看板がありました。それが致道館でした。早速その看板の地図を辿って、致道館まで行きました。もう11時半を過ぎていたのではないでしょうか。

 「たのもう」では無いですが、真っ暗な道場の扉を「すいません」と、大きな声で言いながら叩いていると、中から電気が付き、おばあさんが出てこられました。「入門したいのですが」。おばあさんは、「今日はもう誰もいないから明日来なさい」と言ってくれました。それが致道館入門の出会いです。そのおばあさん、佐々木武先生のお母さんだったようです。

 今考えると、なんと不作法な事をしたものだと、恥ずかしい思いです。この頃はほとんど回りが見えていなかったのだと思います。

 字をすこし練習してみるか、と思い本屋に行って、たまたま買ったのが 鷹見芝香たかみしこう 先生の『ペン習字』です。

 今まで、正式に書写を習った事は、小学生の低学年の時に、帰りに一文菓子屋さん(今では何と言うのでしょう、駄菓子屋さんですか)に寄るのが楽しみだけの習い事でした。正式とは呼べないでしょうね。

 その後書道の本を買っては、積読でしたが、20年程前に総務の仕事をするようになってから、字を書く機会が増えました。その時に、江守賢治と言う人の、常用漢字など二千五百字、楷行草総覧と言う書籍と楷行草筆順・字体字典を購入しました。それから、何か書く場合は、手本の辞書として使うようになりました。

 しかし、空手の道場との出会いや書籍との出会いも、意図して、この道場、この書籍と選んだ分けではありません。偶然に出会っただけです。

 出会いは、このように偶然出会うものだと思います。その出会いが良いのか悪いのかは、自分自身で判断しなければなりません。ですから、見聞を広くしなければ、井の中の蛙になってしまいます。
 今は情報化時代ですから、出会う前に色々調べる事ができます。それでも、実際とは幾分の隔たりがある事もあります。

 私は、この二人の字が気に入っていますが、今回東京書道教育会の通信教育を受け、人によってこんなにも違うものだと、驚きと同時に、少し成長できる期待もできました。

 江守賢治えもりけんじ  

 元・文部省主任教科書調査官(書道・書写・美術担当)
 文部省認定・書写技能検定協会(書道検定・ペン字検定)理事
出典:江守賢治(1981-1990)『常用漢字など二千五百字、楷行草総覧』日本放送出版協会.
★書写技能検定は、現在文部省認定ではなく、文部科学省後援になっています。

 

 鷹見芝香たかみしこう  

 文部省高中学校書道学習指導要綱編集委員(硬筆習字)。
 全日本書道教育協会総務。
 東京都中学校書道研究会副会長。
 日本書作院同人。
 東京都立豊島高等学校講師。
出典:ペン字いんすとーる(http://cumacuma.jp/review/review_index/pen_life/)

 

 では、いつものように一文字一文字、観察して、書いて見ましょう。今回の文字は、先に取り上げた「い」と「え」が含まれています。復習のために、同じ事を載せておきます。

 「や」と言う文字の特徴は、赤い点線の枠に上の部分を書く事です。 上達ポイント(Section 8)にも書きましたが、一画目の横線が特徴です。右上がりになり過ぎないよう注意が必要です。
 三画目の左斜めの線は最後が中央線に触れるか触れないところまで下すとバランスが取れます。

 この「い」は、「あいうえお」の所に、同じ文字があります。内容は同じ事を書いておきました。
 「い」の特徴は横長に扁平に書くと格好が取れます。赤の点線の楕円に添うように書くと、中に広がりが出来て、文字の印象が明るくなると思います。
 二画目の線は、一画目の終わりから繋がっていると思って書くと上手く書けます。そして、右上がりに赤い斜めの点線を書きましたが、この線上に10度程度上に書くと良いでしょう。

 「ゆ」の文字は、一画目の縦の線が戻って来るときは、縦の線と離れすぎないようにする事と、戻る線が縦の線の半分くらいまで来た時に、横の線に変わります。その線は右上がりに上げます。そして、下に下げる時も図のように鋭角に下します。縦の線の下から赤い点線で書いている方向に下ろすと良いでしょう。二画目は左のスペースの真ん中位から中央線に向かって円弧を描くように下ろします。ここでも、直線の部分はありませんが、直線に近い線が要求されます。

 この「え」も「あいうえお」に同じ文字がありますので、重複しています。
 「え」は、やや小さめに書きます。一画目を打つ位置は、中心線上にやや小さめに、書く方が良いと思います。そして、二画目との間が狭くならないように書くのは「う」と同じです。文字全体が赤い点線で示している枠内に収まるように縦長にかきましょう。縦の線を四分割して配置を見るのも良いでしょう。

 「よ」は、縦長の長方形に書きます。赤い点線の枠をイメージしましょう。
 「よ」の書き順は、横の線から書きます。一画目は、中央線の少し右側から右上がりに短く書きますが、書き出しは縦の半分より少し上から書きます。そして、次の二画目に繋がるイメージで二画目を中央線から書き始め、図のような曲線を描いて、結びの交点まで下げると、横に線を結んで行きます。結び方の種類は、 上達ポイント(Section 6)の特徴を参照してください。

 
 上達ポイント  

 上手な文字を書くには、その筆順も重要な要素です。なぜなら、文字はすべての線が繋がっているのです。ただ紙に書き表すか、表さないかの違いがありますが、書き始め(始筆または起筆)から書き終わり(終筆または収筆)まで気持ちの上でも、流れでも繋がりがあります。

 本当に空手の型とよく似ています。しかし、空手の型でもそうですが、無意味な形や流れは必要ないと思っています。流れには必然性がないと、奇をてらい、反って品位を損なう事になります。

 その流れをスムーズに書けるようになる事が、上手な文字を書くコツだと言えるのではないでしょうか。

 漢字になるともっと複雑な流れになりますが、繋げる習慣を付けておくと、それが当たり前になりますので、「ひらがな」を上達する段階で身に付けておくべきだと思います。

 

 一口メモ  

 今回も『ペン習字』(鷹見芝香たかみしこう著)に書かれてある文章を引用してみます。

 『ペン字には毛筆の古法帖こほうじょうのような定評ある手本というものがないということは、容易に推察できましょう。ペン習字の手本が出来ましたのは昭和の初期からで、やがて学校教育の中にも少しずつとり入れられ、「ペン習字帖」が夏休みの宿題になったり、習字手本の中にペン字が並んでのせられるようになりました。
 現在では、「習字」という名称も「書写」となり、毛筆的な内容よりも硬筆による学習のほうが目立って幅を広げ、硬筆関係の学習書や参考書も数多く見られるようになりました。』

 ここで古法帖こほうじょうについ調べてみました。法帖ほうじょう【習字の手本や鑑賞用に、先人の筆跡を模写したり臨写したもの。また、石や木に刻んで印刷した折り本。法書。墨帖。墨本。】(出典:大辞林第三版 三省堂.)とありますので、歴史的に古い物と思えばそんなに間違いではないでしょう。

 東京書道教育会では、中国の古典から日本の古典まで多岐に渡って臨書の手本が掲載されています。先日の理論課題で私が書いた、王羲之おうぎしの文字が間違っていると指摘を受けました。文章の中の一文字まで丁寧に添削されていると感心しています。

【参考文献】
鷹見芝香たかみしこう(1966)『ペン習字』 株式会社主婦の友社.