「抜かりなく」と言う言葉は、今は使われないのでしょうか。余りにも早く時は流れて、振り返る事もない時代なのかも知れません。
報道や科学、議員や官僚なども、言いっぱなしで、責任の所在も明らかにしないまま、一週間も経てば、忘れられてしまいます。
少なくとも、「人の噂も七十五日」と言った時代は、2ヵ月余りは、余韻があったものです。
「抜かりなく」と言ったのは、自分の言葉を発する時、又は書く時には、それなりに責任を持ってほしいと思うのです。
それは、ともかく、空手でも同じですが、「抜かりなく」できるようにならないとなりません。空手の場合は、抜かりがあると、命に関わります。お習字の方は、命には関わりませんが、「へたくそ」と言われてしまいます。
では、なぜ、「抜かり」が起こるのでしょう。何度も言いますが、見る物の実際が見えないのが、真実です。それを練習や稽古によって、見えるようにするのです。
例えば、平行線であるはずの線路が、人間の目には、遠くに行くと二本の線が頂点で繋がって見えるのも、その方が人間にとって都合が良いからです。遠近感がなければ、人間は困るのです。
人間には都合の悪い事は、見えないように出来ています。見えなくて良い物もある事も事実です。
しかし、見落としがある事と、同じではありません。見落としは、「抜かりがある」事ですから、早とちりと同じです。思い込んでしまうと、なかなか払拭できません。ですから、手本を見てそのとおりに書こうとする、態度が必要なのです。
ああだこうだと、理屈を捏ねないで、真似る。 瀉瓶が上手くなるコツと言えるのかも知れません。【瀉瓶:クリックすると「髓心とは」が開きます。その中の『心と体』を開きますと、真ん中から終盤に瀉瓶について書いてあります。】
では、「抜かりなく」一文字一文字、観察して、書いて見ましょう。
「た」と言う文字の特徴は、赤い点線の枠で書かれているようにかなり変形です。しかしこれも菱形が少し傾いていると考えると、何とかなります。四画目の支えがポイントとなります。この「た」と言う文字の字源は、「太」と言う漢字ですから、何となく想像できるでしょう。最後の線は、「大」に打った「点」にあたります。ですから、斜めに書くと覚えておきましょう。
「ち」の特徴は縦長の長方形に書くようにします。
この字のポイントは、第一画目と二画目の最後、「つ」に見える部分との間の取り方で形が収まります。
縦の長さを三分割した、上の一分割目の真ん中に下から上に斜めに一画目を滑らかな円弧の下を書くように書きます。線の最後は、二回目に繋がるような気持ちで、中央線の左側から下に下ろしますが、一画目と交叉する部分は、一画目の左よりに交叉します。縦の線は、最後に少し膨らませてから、右に水平に近い方向にだして「つ」を書きます。
「つ」の文字は、「ち」の最後の部分とよく似ています。丁度指先でゆで卵を持っているようなイメージを頭に浮かべてください。と言うのは、潰し過ぎてもいけませんし、ある程度の力で指先に力を入れないと、落としてしまいます。形としては、赤い点線の楕円が卵だと思えば良いでしょう。そうすると曲がっている部分が丁度いい感じになると思います。
「て」は、三画の赤い点線の枠を想像して書くようにしましょう。
一画目も、この図のように、全くの水平ではなく、右上がりに書きますが、あまり右上がりがきつくてもいけません。
右から鋭角に折れ曲がって、中央の線に向かいますが、中央線に触れる少し前から下に下ろします。直線に近い線で、中央の線に接しながら、直ぐに、三画の下の先端に向かいます。
「と」は、小さめに書くことが重要な文字です。一画目と二画目の交叉する位置が、丁度中央の線になるように書きます。
「つ」と同じで、左のまがりを赤い点線の楕円があるような気持ちで、この楕円を潰さないよう、落とさないよう書くと、図のような円弧が書けると思います。
ここでは、一画目は二画目と交わってから少し出るように書いていますが、小学生用では、でないのが正しい書き方のようです。東京書道教育会の課題で、指摘を受け注意されました。また、東京書道教育会の手本は最後の支える所は、二画目の入り口より、右に出ないよう指示があります。
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【参考文献】
・鷹見芝香(1966)『ペン習字』 株式会社主婦の友社.