『礼と節』を徹底解剖 Part-9

 社会人になってからですが、友人が『知らない事は罪である』と言った事があります。そんな時、知らない事ばかりの私は、そう言われても・・・・、と思ってしまいました。

 さて、知らない事と「礼節」には、どんな関係があるのでしょう。
 今日も十七条憲法を解読しながら、『礼節』に近づきたいと思います。

 前回同様原文は、下記のバーをクリックすると見る事が出来ます。

『十七条憲法 原文』
第一条 一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。
第二条 二曰。篤敬三寳。三寳者仏法僧也。則四生之終帰。萬国之極宗。何世何人非貴是法。人鮮尤悪。能教従之。其不帰三寳。何以直枉。
第三 三曰。承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆地載。四時順行。万氣得通。地欲覆天。則致壊耳。是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。
第四条 四曰。群卿百寮。以礼為本。其治民之本。要在乎礼。上不礼而下非齊。下無礼以必有罪。是以群臣有礼。位次不乱。百姓有礼。国家自治。
第五条 五曰。絶餮棄欲。明辯訴訟。其百姓之訴。一日千事。一日尚尓。况乎累歳須治訟者。得利為常。見賄聴 。便有財之訟如石投水。乏者之訴似水投石。是以貧民則不知所由。臣道亦於焉闕。
第六条 六曰。懲悪勧善。古之良典。是以无匿人善。見悪必匡。其諂詐者。則為覆国家之利器。為絶人民之鋒釼。亦侫媚者対上則好説下過。逢下則誹謗上失其如此人皆无忠於君。无仁於民。是大乱之本也。
第七条 七曰。人各有任掌。宜不濫。其賢哲任官。頌音則起。 者有官。禍乱則繁。世少生知。尅念作聖。事無大少。得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此国家永久。社稷勿危。故古聖王。為官以求人。為人不求官。
第八条 八曰。群卿百寮。早朝晏退。公事靡 。終日難盡。是以遅朝。不逮于急。早退必事不盡。
第九条 九曰。信是義本。毎事有信。其善悪成敗。要在于信。群臣共信。何事不成。群臣无信。万事悉敗。
十条 十曰。絶忿棄瞋。不怒人違。人皆有心。心各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理能可定。相共賢愚。如鐶无端。是以彼人雖瞋。還恐我失。我獨雖得。従衆同擧。
第十一条 十一曰。明察功過。罰賞必當。日者賞不在功。罰不在罪。執事群卿。宜明賞罰。
第十二条 十二曰。国司国造。勿斂百姓。国非二君。民無兩主。率土兆民。以王為主。所任官司。皆是王臣。何敢與公。賦斂百姓。
第十三条 十三曰。諸任官者。同知職掌。或病或使。有闕於事。然得知之日。和如曾識。其非以與聞。勿防公務。
第十四条 十四曰。群臣百寮無有嫉妬。我既嫉人人亦嫉我。嫉妬之患不知其極。所以智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以五百之後。乃今遇賢。千載以難待一聖。其不得賢聖。何以治国。
第十五条 十五曰。背私向公。是臣之道矣。凡人有私必有恨。有憾必非同。非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云。上下和諧。其亦是情歟。
第十六条 十六曰。使民以時。古之良典。故冬月有間。以可使民。従春至秋。農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。
第十七条 十七曰。夫事不可独断。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事。若疑有失。故與衆相辨。辞則得理。
[出典]金治勇(1986)『聖徳太子のこころ』大蔵出版.

 現代文を要約したものを下記に示してあります。バーをクリックすると見る事が出来ます。
『十七条憲法 現代文要約』
1.和を以て貴しとなす。という、有名な言葉を一番最初書いています。
2.仏・法・僧を信奉しなさい
3.王(天皇)の命令に、謹んで服従しなければ、国家の存亡にかかわる。
4.上の者が礼を遵守しなければ、下の秩序はみだれ、下の者が無礼であれば罪人を作る。
5.法を行う者は、接待や供与を受けず、厳正に審判すること。
6.面従腹背の輩は、国家を滅ぼす。
7.権限の乱用は国家の存続をおびやかす。
8.公務につく者は、早く出勤し、遅く退出する。
9.真心は人の道の根本である。真心をもって仕事をすること。
10.人間は賢愚を同時に備えている。耳輪に端がないのと同じである。自分がすべて正しいと言う考えを持たない事。
11.信賞必罰の励行。
12.税金は重複して取ってはならない。
13.職務に対しては熟知し、公務を停滞させてはいけない。
14.嫉妬の禁止。
15.私心を捨てて公務にあたる事。
16.人民を使役する時は、時期、環境を考えてする。
17.重大な事柄を判断する時は、必ず衆知を集め議論したうえで決める事。

 本日のテーマは、『十七条憲法』第十三条です。
 漢文では『諸任官者 同知職掌 或病或使 有闕於事 然得知之日 和如曾識 其非以與聞 勿防公務

 読み下して見ましょう。
 『諸の官に任ずる者は 同に職掌を知るべし 或いは病或いは使えば 事に於いて闕ること有り 然知る得る日は 和する如く識る 其を聞くに非ざる以って與す 公務を防げ

 それでは、現代文にして見ましょう。
 『色々な役職に就く者は 前任者や同僚と同じレベルで仕事の内容を知る必要がある。病気で休み人や使いを頼まれた人がいる時は、仕事に支障をきたすことがある。そんな日は前からその仕事を知っていて直ぐに溶け込めるようにしておきなさい。人が欠ける事を聞いていないからと言って、公務を妨げるような事がないようにしなさい。』

 現代では、仕事の専門化が進み、違う仕事を急に言われても、対処する事はできないと思います。出来ない仕事を出来るふりをして、仕事に就くより、評価を下げても辞退する方が、公務を妨げる事がないでしょう。

 これは、職場により、時代により、臨機応変に対処しなければなりません。しかし、ここで言われている、『勿防公務』すなわち、『公務を妨げない』事が主体となって、物事を考える習慣がついている事が重要です。

 人間には自尊心があり、主客が逆転してしまうこともあります。結局自尊心を守ろうとした結果、面目丸つぶれにもなります。

 『知ったかぶり』も結果的には、恥をかくはめに陥る事があります。だから、知っていると人に言えるくらい知る事が必要と言えそうです。

 ただ、この歳になっても、知っていると言える事があるのかと、疑問を感じてしまいます。

 例えば、本来知っていなければならない、「空手道」に対してはどうでしょう。少なくとも60年は、空手の世界に身を置いています。それでも、知らない事の方が多いのですから、道半ば、なんて大きな事は言えません。まだとば口で、先は遠く先にあるような気がしてなりません。

 昨年の年賀状に「分け入っても分け入っても青い山」(山頭火の句)を毛筆で書きました。ますます、知らない事が増えてきているように思います。まだボケている様子はないのですが、それでも「あっ、そういう意味」と思う事が毎日のようにあります。
 これでは、生きている間に知識を得る事は無理なようです。

 前にも書きましたが、随分幾つもの職業に携わりました。職業を変える度に、私が一番先に覚えたのは、仕事そのものではありませんでした。まず、会社の仕組みを覚えました。そして、どんな会社なのかをよく頭に叩き込みました。それから、自分の仕事が会社の中でどんな位置にあるのか、認識する事にしたのです。ようやくそれから職務に対する知識を身に付けました。

 これも、人により色々な方法があると思います。例えば、一般的に女性は、全体が見えなくても、目の前にある仕事に専念できるようですが、男性は、全体が把握できないと、仕事が手につかないと言われています。そういえば、小学生や中学生の時は、女子の方が成績が良かった記憶があります。授業を受けても漠然としてなかなか全体が見えず、何を勉強しているのか分かるまでに卒業してしまった感じがします。その点、女子は、着々と勉強を積み重ねて、卒業する頃には、全体像が把握できていたのかも知れません。

 冒頭で友人が言った言葉は、専門的な事は知っていて当たり前、知らなければ、恥ではなく「罪」であるという事です。なぜなら、人は専門的な知識があると思って、お金を出して依頼するのですから、この期待を裏切る行為は、犯罪であるという事です。
 犯罪かどうかは分かりませんが、知ったかぶりは、人を欺く行為です。行き過ぎれば詐欺罪が適用されるかも知れません。やはり、専門的な知識があるという事は、誠実に仕事ができると言う事で、「礼節」に適っているのではないでしょうか。

 私の場合は、知識もそこそこですし、相手の気持ちも計りかねます。ですから、自分が違和感を感じたり、いやな気持ちになったり、本来しなければならない事をせずに、恥ずかしい思いをする時に、作法に則り礼儀を現すようにしています。
 この事も、「礼節」が相手に伝わらない事に、違和感を感じたり、いやな気持ちになったり、恥ずかしい気持ちになるように、身に付けておかなければ、そんな気持ちも起こりません。できるだけ、若い時に、赤っ恥をかいておくような体験があり、これを上手く経験にまで昇華できれば、身に付けられるのではないでしょうか。顔から火がでるような、恥ずかしい思いは、何度も体験したのを覚えています。若い時と書きましたが、気持ちは何時までも高校生のままです。林修氏の有名な言葉「いつやるか? 今でしょ!」の通り、人間は何時からでも始められると思います。近頃は、80の手習いと言うらしいですから。

 仕事を熟知する事で、相手の期待に応える事も、「礼節」の一つである事を覚えておきましょう。