論語を読んで見よう
【憲問篇14-27・28】
[第三十九講 曾子-胚胎する思想的沈滞]

 この副題の「胚胎」と言う言葉を初めて見ました。もちろん勉強のできる人にとっては、明白な言葉なのでしょうが、私には分からないので、調べて見ました。

 読み方は、「はいたい」と言うそうです。やはり大辞林第三版で調べて見ました。意味は、「物事の起こる原因を含みもつこと。」〔子をはらむ意〕と書いてありました。そう言えば、胚芽米と言う言葉にある「胚」と胎児の「胎」ですね。なんとなく分かりました。

 思想的沈滞と言うのも、何だか学問的で、取っつき難いのですが、孔子から始まった思想がすでに澱みかけていると言う事なのでしょうか。

 曾子と言う人は、孔子の後期の弟子で、孔子が亡くなってから、大きな学団を作り、その学団に伝えられた孔子の言行が、『論語』の根幹を成している。と『現代人の論語』には記載されています。

 前回も、継承と言う事に触れましたが、歴史は、時の権力者によって語り、あるいは文章化され引き継がれます。これは、ゆがめられるのではなく、一つの真実かも知れません。しかし、違う観点から見れば、間違いなく、違う歴史が作られていくのでしょう。

 如何に、歴史学者や、歴史を研究する機関があったとしても、スポットを当てる方向により、全く違うのが歴史と言っても良いと思っています。

 今回は、『論語』の根幹を作ったとされる曾子と、孔子を対比するために並べた文章です。
●白文
『子曰、不在其位、不謀其政』。
●読み下し文
『子のたまわく、くらいらざれば、其のせいはからず』。【憲問篇14-27】
●白文
『曾子曰、君子思不出其位』。
●読み下し文
曾子そうしいわく、君子は思うこと其の位をでず』。【憲問篇14-28】

 二つの文章を箇条書きで、一度に現代文にして比べて見ます。
1. 孔子は、その地位になければ、その職務に口出ししない、と言った。
2. 曾子は、君子はその地位以外の事を考えることはない、と言った。

 よく似ている言葉を、孔子と曾子が言っています。『現代人の論語』では、似て非なるものとして、この文章を扱っています。
 孔子の場合は、口出ししない理由として、自制しているが、曾子は、自制すべき衝動が、微塵も感じないことの違いを読み取っています。
 そういう読み方もあるのか、と思います。

 私は、この二つの文章から、得られる事があると思っています。一つは、地位と言うものは、どの地位にしても、その地位に相応しい権力が付与されると思います。
 権力には、職責が必ずあります。憲法で言う権利と義務のようなものです。そして、その地位の職務があります。と、いう事は、自分に与えられた仕事を全うするために、相当の職能が求められます。従って、他の部署や他の仕事に口出しする余裕は、なかなか出来るものではありません。

 ただ、他の部署や仕事に関係する仕事も、当然出来てきますので、この事に対しては、口出しではなく、要求したり調整する事が職務の一環として出来てきます。でなければ、よく横の繋がりの無い組織の、悪い所が露見する事になりかねません。他部門との調整も、自分の仕事だと思います。
 この調整と、他部門への口出しを、同列に扱わない方が良いでしょう。

 こういう観点から見ると、衝動などと言う、主観的な起因を基に、他に口出しする事は、組織上問題が起こる事は、何度も経験をしています。
 仕事と言うのは、実際自分が担当して見ないと、見えない部分もあり、軽々に非難しない方が良いでしょう。ですから、孔子も、その衝動を抑えて『其のせいはからず』と言っているのではないでしょうか。

 この衝動については、前にも書いていますが、新しい職場に就いた時にも、衝動の虫が湧きます。波立っている事を感じて、非難の衝動に駆られるのですが、実際は、自分がその組織に入った事による、波である事に気付く事が多いのです。
 ですから、もしそのような衝動が起こっても、少なくとも自分が立てた波が治まってからにしても遅くはありません。

 昨夜の「世界の哲学者に人生相談」(NHK Eテレ23:00)をたまたま観ました。番組そのものは、疑問だけが残りましたが、その中でニーチェの言葉が出てきました。『あなたが出会う最悪の敵は、いつもあなた自身であるだろう。』、問題が発生した時に、一番最初に自分を疑ってみるのも、問題解決の糸口かも知れませんね。
 
 居心地が良い事が、すなわち良い環境とも言えません。しかし、現状をしっかり把握してからでも、口出しするのは、遅くはないのです。もしかしたら、自分が考えていた、悪い事が、実はその組織にとってベター、あるいはベストなのかも知れないのですから。

【参考文献】
・呉智英(2003-2004)『現代人の論語』 株式会社文藝春秋.
・鈴木勤(1984)『グラフィック版論語』 株式会社世界文化社.