文武両道のために・・・・『徒然草』を読んで見る。【3】

 今日の一文字は「贅沢」の『贅』です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第二段』を読んで見て、感じた文字です。

原文 現代文を見る 質素倹約 足るを知る

 相変わらず、猛暑が続いています。今日も一日元気で過ごしましょう。

 
徒然草 第二段 〔原文〕
いにしへのひじりの御世の政をもわすれ、民の愁、国のそこなはるるをも知らず、よろづにきよらをつくしていみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。

「衣冠より馬・車にいたるまで、有るにしたがひて用ゐよ。美麗をもとむる事なかれ」とぞ、九条殿の遺誡にも侍る。順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそ侍れ。

 

『現代文』

 まず、現代文にしてみましょう。

 『昔の良い政治が行われていた時代を忘れて、民衆の心配、国が滅びようとしている事も気に掛けず、あらゆる贅沢の限りを尽くして、それが良いと思って威張り散らす人を見ると、思慮分別の無い人と思える。

 「衣冠より馬・車にいたるまで、有るにしたがひて用ゐよ。美麗をもとむる事なかれ」と右大臣藤原師輔(九条殿)が子孫に書き残した遺訓にも、順徳院(第84代天皇)の著作とされる「禁秘抄」にも「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」と、ありあわせの物で済ませるように書いてある。』

 

質素倹約

 「質素倹約を旨とすべし」と言う言葉を聞いたことがあります。「軍人勅諭」がまだ生きていたのかも知れません。「ほしがりません、勝つまでは」と言う言葉も、戦争は既に終わっていた時代でも、よく使われた言葉でした。

 昭和の時代ではなく、奈良時代からその思想はあったように聞きます。私が知っているのは、江戸時代の倹約奨励の法令ですが、これは庶民にも強制されたような政治の仕方であったと思われます。

 ここで、兼好が言っているのは、政治を司る側に対しての不満が現れている文章だと思います。

 私が育った時代を大雑把に振り返ってみると、小学生が昼の弁当にも困る時代があっという間に過ぎ、なべ底景気と言われた不況も乗り越え、飽食の時代からバブル景気と贅沢に慣れてしまったようです。バブル崩壊と言われて久しいですが、バブル期を知らない人たちでも、戦後の時代と比べると随分裕福に慣れてしまった気がします。

 

『知足』

 このブログでも『足るを知る』と言う言葉を何度となく言っていますが、世の中を良くしようと思えば、まず政治を司る人たちから、率先して『足るを知る』事のように思います。

 なにより、自分の人生を豊かなものにしたいのなら、自分自身が『足るを知る』事です。
 
 現状に満足する事は、決して現状に甘んじる事でも、現状維持して世の中の進歩を阻害するものでもありません。

 愚痴や不満からは、何も生まれません。自分自身の人生をより良いものにするため、『足るを知る』と言う生き方をしてみたらどうでしょうか。

 『足るを知って』そこから向上しようとする心を育んでみてはどうでしょうか。

 吉田兼好が警鐘を鳴らして、すでに700年近くになります。人間は同じ過ちを何度繰り返せば、気が済むのでしょう。

 と言う私はというと、『足るを知る』までに相当の年月を要したと思います。

 幸か不幸か、私は親のお陰で、裕福な少年時代を過ごしたと思います。決して大富豪ではありませんが、大人になるまで、生活に困った事はありません。

 しかし、結婚してからは波乱万丈の人生を過ごしました。これは今考えると『足るを知る』事が無かったように思います。自分ではそんなに堪え性のない人間だとは思わないのですが、世間的には、そう映ると思います。

 仕事を10回も変わった事が、論より証拠になっています。

 だからこそ、これから人生の荒波に乗り出す人や、まさに乗り越えようとしている人に『足るを知る』精神を会得してもらいたいのです。

 何度も、言いますが、決して『現状に甘んじる』のではありませんし、将来を悲観的に見た方が良いと言っているのではありません。

 『足るを知る』事がなければ、口をついて出るのは愚痴ばかりです。そして、ついには自分への戒めより、社会に対しての不満が心を占領してしまいます。