文武両道のために・・・・『徒然草』を読んで見る。【17】

 今日の一文字は『楽』です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第十六段』を読んで見て、感じた文字です。

原文 現代文を見る 笛・琴

 毎朝、7時過ぎになると、ギャーギャーわめき声が聞こえます。

 私が寝ている部屋の下が、自転車置き場になっていて、今は窓を開けて寝ていますので、直接音が響きます。

 多分、保育園児か幼稚園児でしょう。女の子の声です。自転車置き場に来ると、と言っても、鳴き声で、来たな、と思うのですが。途端に何事かと思う位の声を張り上げて、泣きます。

 まだ、見た事はありませんが、今日3人である事が判りました。一人は主役の彼女です。もう一人は、その泣き声の1/3位の声で優しく泣いている、多分男の子と思われる声です。

 今まで、何で泣いているのか分かりませんでしたが、今日の理由は、分かりました。

 お母さんと思われる声がしました。声からすると若いママです。「昨日前に乗ってたやんか」と優しい声が聞こえました。それも、主役の女の子にかき消されるような声です。その間もギャーギャーと泣き止む事はありません。

 そして、そのママが物静かな声で優しく「泣きなや」と言いながら、声が遠のいていくのが聞こえました。

 私は丁度体操の時間です。体操が終わるころ8時過ぎになっても帰って来る様子はありません。子供二人を保育園か幼稚園かに送って、そのまま働きに行ったのかも知れません。

 勝手な想像をしながら、お風呂に入りました。
 
 
 さぁ、今日も一日元気で過ごしましょう。

 
徒然草 第十六段 〔原文〕

神楽こそなまめかしく、おもしろけれ。

おほかた、もののには、笛・篳篥ひちりき。常に聞きたきは、琵琶・和琴わごん

 

 

『現代文』

 まず、我流で現代文にしてみましょう。

 『神楽は上品ですばらしい。
 大体、楽器の音には、笛・篳篥ひちりき。いつも聴きたいのは琵琶・和琴わごん。』

 

『笛・琴』

 6歳上の従兄いとこが、私が小学校の頃、神社の神殿で御神楽おかぐらに合わせて、横笛を吹いていました。

 その音色に惹かれて、私もその横笛を何度か吹かせてもらったのですが、非常に難しかったことを覚えています。

 今でもその音色とリズムを覚えているくらいですから、相当毎日のように練習していたのを、聞いていたのでしょう。

 現在は、色々な音楽が混在していますので、それぞれ好きな音もリズムも違うと思います。当時は、吹奏楽器は、笛や篳篥ひちりきしか無かったのかも知れません。また、弦楽器は琵琶・和琴わごんとかに限られていたのかも知れません。

 現在一般的にことと言われているものは、そうのことで、こときんの文字を当てる事が多いと思いますが、どうもこときんは違う楽器のようです。詳しくは分かりませんが、楽器も日本古来の物と、伝統とはいえ、外国から伝わったものもあるようです。

 私の年代では、フォークソングが一世を風靡した時代ですから、やはり一般的な楽器は、ギターでした。

 幼いころからオルガンとピアノが家にありましたので、中学生の時にピアノを習っていました。習っていたと言うより、あまりにも音楽の成績が悪いので、家庭教師をつけられたのです。

 その先生はNHKでの演奏の帰りに、フランス人形のような服装で来られるものですから、丁度色気づいた頃ですから、ピアノの練習なんかにならなかったようで、まったく勉強になりませんでした。

 その時に、音楽の勉強の一環として、M.ムソルグスキー ( 組曲)「展覧会の絵」だけは、今でも耳に残っています。

 兼好の時代にも、他に楽器や音楽はあったのでしょうか。今の時代は、インターネットが発達していますので、調べれば分かるようですが、興味が湧かないので、調べようとは思いません。

 ただ、音楽は嫌いではありません。フォークソングが一世を風靡した時代と書きましたが、ギターではベンチャーズやザ・ビートルズなどが全盛期で、エレキギターの走りでした。日本でもグループサウンズが流行したものです。

 同時に歌謡曲も、振り返るとその頃が全盛期だったのかも知れません。

 日本の国が発展し、国民に余裕が出来たせいかも知れませんが、戦後すぐの時代から、『歌は世につれ歌につれ』と言われて、歌に励まされて苦境を乗り切った人達も多くいたように思います。

 私は、歌謡曲が好きでした。その中でも演歌と言われる、どちらかと言うと、音楽を趣味としている人から、さげすまれるようですが、フォークソング派や声楽の分野の人から見ると、こぶし・・・が回ると、馬鹿にされるという、そんな時代でした。

 たまたま、それから20年程経って、仕事上、及川清三先生について民謡を習うようになったのですが、やはり、こぶしが、私には魅力に感じます。

 兼好の言う、上品さも分かるような気持ちがします。しょう篳篥ひちりき龍笛りゅうてきの音色を聞くと、背筋が立つ思いをしますし、『琴』の音色を聞くと心が落ち着くような気持ちになります。

 できれば音楽は、知識や理屈ではなく、聞こえてくる音色に、心をときめかせたいものです。

 

『楽』

 「楽」と言う文字は、象形文字で、どんぐりをつけた楽器を表していると聞きます。

 「楽しい」から音楽ではなく、音楽を聴いて「楽しくなる」のですね。

 漢字は本当に感心するほど、上手く出来ています。

 この「楽」と言う文字を取り出して、一番最初に浮かんだのは、楽市楽座です。この時の「楽」は、今で言う、規制緩和の事だと理解しています。

 民が「楽」になるよう考えた、政治のやり方だったのでしょう。

 徳川家康の遺訓とされる「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し。いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。こころに望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。 堪忍は無事長久の基。いかりは敵とおもへ。勝事ばかりを知りてまくる事をしらざれば、害其身にいたる。おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるゆりまされり」を思い出すのですが、「楽」も「らく」と読むと、人生は「楽」ではないな、と思います。

 今朝の若いお母さんも、早く「らく」になれれば良いですね。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言いますが、子供が小さい時は、それなりに、みんな苦労します。それも、過ぎてしまえば、夢。いい夢も、苦い夢も、みんな夢となって、過去の思い出となってしまいます。

 それでも、その時の当事者は、なかなかそうは思えないのが人生です。そんなとき、「音楽」が、その遣る方ない気持ちを、慰めてくれるかも知れません。

 私の若い頃を振り返ると、「逃げたくない」一心で、真正面から物事に取り組み、挫折感や達成感を交互に味わいながら、なんとか歳を経る事が出来ました。

 しかし、どうしても越えられない場合には、潰れる前にそこから逃げ出す事も一つの方法で、決して卑怯な方法では無い事が判りました。人生は、長いようで、あっと言う間に人生の終盤に差し掛かります。

 その時に、潰れてしまっては、人生を全うすることが出来ません。人生は全うする事が「幸」なのかも、と、今は思っています。