「五輪書」から学ぶ Part-54
【火之巻】くづれを知ると云事

 【五輪書から】何を学ぶか?  

 崩れると言うと、この絵のようにビルが倒壊する場合も、ありますし、雪崩や山崩れによる土砂災害なども毎年のようにニュースに上がります。

 人間の場合には、身を持ち崩すことも、崩れるということですが、武術やスポーツにおいては、崩れる事は、致命傷になりかねません。

 スキーなどにおいても、ダイナミックな動きの中でバランスをとり、安定した滑りをしますが、ほんの少しバランスを崩すと転倒してしまいます。
 オートバイなども、雨で流された砂の上にタイヤが乗った瞬間にバランスを崩し、大きな事故につながる事もあります。

 仕事を考えても、スムーズに事が運んでいる時に、ちょっとしたミスが仕事を台無しにしてしまう事も、崩れと言えるでしょう。

 相手がある勝負では、相手の崩れるのを誘う事も作戦上、有効な方法と言えます。いや、有効と言うより、崩すために、色々な作戦や戦略をたてるのではないでしょうか。

 仕事の面でも、人生の上でも、「崩れる」「崩す」というのは、見逃すことができません。武蔵は、どのように「くずれ」を知るのでしょう。

【火之巻】の構成

1. 火之巻 序
2. 場の次第と云事
3. 三つの先と云事
4. 枕をおさゆると云事
5. 渡を越すと云事
6. 景氣を知ると云事
7. けんをふむと云事
8. くづれを知ると云事
9. 敵になると云事
10. 四手をはなすと云事
11. かげをうごかすと云事
12. 影を抑ゆると云事
13. うつらかすと云事
14. むかづかすると云事
15. おびやかすと云事    
16. まぶるゝと云事
17. かどにさはると云事
18. うろめかすと云事
19. 三つの聲と云事
20. まぎると云事
21. ひしぐと云事
22. 山海の變りと云事
23. 底をぬくと云事
24. あらたになると云事
25. 鼠頭午首と云事
26. 将卒をしると云事
27. 束をはなすと云事
28. いはをの身と云事
29. 火之巻 後書
  
『原文』
8. くづれを知ると云事 (原文は、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.htmlを引用した)
崩と云事ハ、物毎に有もの物也。其家の崩るゝ、身のくづるゝ、敵の崩るゝ事も、時にあたりて、拍子ちがひになつて、くづるゝ所也。大分の兵法にしても、敵の崩るゝ拍子を得て、其間をぬかさぬやうに追立る事、肝要也。くづるゝ所のいきをぬかしてハ、たてかへす所有べし。又、一分の兵法にも、戦ふ内に、敵の拍子ちがひて、くづれめのつくもの也。其ほどを油断すれば、又立かへり、新しくなりて、はかゆかざる所也。其くづれめにつき、敵のかほたてなをさゞる様に、たしかに追かくる所、肝要也。追かくるハ、直に強きこゝろ也。敵立かへさゞるやうに、打はなすもの也。(1)うちはなすと云事、能々分別有べし。はなれざれバ、したるき心あり。工夫すべきもの也。(2) 
【リンク】(1)(2)は【註解】として、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」にリンクされています。

 『現代文として要約』

 8. くづれを知ると云事

 崩れという事は、色々な所でみられる。
 家が崩れる。身を持ち崩す、敵が崩れる事も時にはあり、リズムが違い崩れる事がある。
 合戦においても、敵が崩れる拍子を知って、その間を逃さぬように追い立てる事が肝心である。崩れる時に休ませると、立て直される事がある。
 又、一対一の戦いでも、戦っている間に、敵の拍子が違って、崩れが現れるものである。その時に、自分が油断してしまうと、相手は立ち直して、上手く行かない。その崩れた所を付け込んで、相手が立て直さないよう、追い立てる事が肝心である。
 追いかけると言うのは、直ぐに強く出る事である。相手が反撃しないよう、討ち砕くものである。うちはなすと言う事を、よく判断すること。相手を討ち砕いてしまわなければ、鈍くなる気持ちがある。工夫する必要がある。

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 『私見』

 武術であっても、スポーツであっても、相手を崩す事を考えるのは、真っ先に考えなければならない事だと思っています。

 護身の為の戦いではなく、相手と戦うと言う事が分かっていて、対峙してから戦い始めるのであれば、相手も自分も、万全の準備をしていると状態だと思います。
 その時に、容易に攻撃を仕掛けても、上手く行かない事は、経験がなくても、容易に想像できると思います。

 まず、相手の出方を観察します。そして、攻撃のチャンスを伺います。又は、チャンスを作って行きます。これは、バスケットでもサッカーでも、フットボールでも、相手とのやり取りが勝負を分ける事であれば、ごくごく自然の闘い方です。

 ここでは、その崩れに乗じる方法と注意が書かれてあります。これまで、書かれてあった事を考えると、武蔵の真骨頂でしょう。
 枕を押さえたら、先を取ったら、場を見定めたら、次にどうすれば良いのかを書いています。
 武蔵が言っているのは、相手に二の手をさせない、という事を、くどいくらいに強調しています。そして、崩れたら相手に立ち直らせる時間を与えないよう言っています。

 普通に考えると、崩れたらこの機会を逃すまいと思うのではないでしょうか。それでも、武蔵は、ほっと、気を弛めることに気を配っています。

 これは、どういう事なのかと言うと、前にも私の体験を書きましたが、あまりにも上手く受けられた時、または崩せた時に、人間は、「上手く行った」と思ってしまうのです。特に、崩すのに手こずった場合は、「ほっと」してしまいます。この事を武蔵は、戒めているのではないでしょうか。

 「したるき心あり」(原文)の、したるというのは、大辞林(出典:大辞林第三版 三省堂.)では、
        (1) 衣などがべたついている。
        (2) ものの言い方が甘ったるい。
        (3)  にぶい。のろのろしている。
  などの意味が書かれています。
 私は、(3)の意味をとり、鈍くなる、と読みました。
 崩れた時に間髪を入れずに打つのであれば、その流れのまゝ打てば良いと思うのですが、実際には、意外と慌ててしまって、討ち損じる事が多いと思います。
 ですから、チャンスの時に一気に打ち砕いてしまわないと、身も心も鈍くなってしまいます。相手が立ち直る前に、自分は万全の態勢を整え、一気に討つ事が大切だと思います。

 【参考文献】 
・神子 侃(1963-1977) 『五輪書』徳間書店.
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.

   【参考サイト】
・播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.html