「五輪書」から学ぶ Part-83
【風之巻】他の兵法に早きを用ゆる事

 【五輪書から】何を学ぶか?  

 題名は、『早き』と「早」と言う漢字が当てられています。播磨武蔵研究会では、写本を研究されていて、異本の中にある『はやき』『早き』『速き』の中から『早き』が妥当であると判断されたと思います。

 内容から、『早き』が良いのではないかと、私も思います。

 私は、いつも言いますが、小柄なので、『速さ』が最大の武器になります。

 その理由は、体重を乗せてもさほど威力がないからです。そのため、運動エネルギーを考えますと、質量に比例し速さの2乗に比例すると言う関係から、速さに注目しています。体重も関取を見ますと、入門時から2倍に増やす事もできるのかも知れませんが、普通の食事で生活をしていると、そんなに体重を増やす事もできません。

 もう一つの理由は、やはり体重を増やす事によって、素早い動きがやりにくくなると思っています。この噛み合いは、結構難しいものです。
 ただ、競技空手の選手の中で、昔から、体重100kgを優に超える者でも、軽快に動ける人を見ると、科学のようにはいかない事を実感します。
 
 高校の時ですが、短距離を専門にしている先輩から、「おまえ、もう少し体重があれば12秒切れるかもな!」と言われたことがありました。その頃は、70m位から体が浮き上がってしまい、指先が地に触れる程度で100mを走っていました。もちろん、私は陸上部でもありませんでしたので、そんなに気にも留めませんでしたが、記憶にはあります。

【風之巻】の構成

1. 兵法、他流の道を知る事
2. 他流に大なる太刀を持つ事
3. 他流におゐてつよみの太刀と云事
4. 他流に短き太刀を用ゆる事
5. 他流に太刀かず多き事
6. 他流に太刀の搆を用ゆる事   
7. 他流に目付と云ふ事
8. 他流に足つかひ有る事
9. 他の兵法に早きを用ゆる事
10. 他流に奥表と云ふ事
11. 後書
 
『原文』
9. 他の兵法に早きを用ゆる事 (原文は、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.htmlを引用した)
兵法のはやきと云所、実の道にあらず。はやきといふ事ハ、物毎のひやうしの間にあはざるによつて、はやき遅きと云こゝろ也。其道上手になりてハ、はやく見ヘざるもの也。たとへバ、人にはや道と云て、一日に四十五十里行者も有。是も、朝より晩迄、はやくはしるにてハなし。道のふかんなるものハ、一日走様なれども、はかゆかざるもの也。乱舞の道に、上手(の*)うたふ謡に、下手のつけてうたへバ、おくるゝこゝろ有て、いそがしきもの也。又、鼓太鼓に老松をうつに、静なる位なれども、下手ハ、これもおくれ、さきだつこゝろ也。高砂ハ、きうなる位なれども、はやきといふ事、悪し。はやきハこける、と云て、間にあはず。勿論、おそきも悪し。これ、上手のする事ハ、緩々と見ヘて、間のぬけざる所也。諸事しつけたるものゝする事ハ、いそがしくみヘざるもの也。此たとへをもつて、道の利をしるべし。(1)
殊に兵法の道におゐて、はやきと云事悪し。是も、其子細は、所によりて、沼ふけなどにてハ、身足ともにはやく行がたし。太刀ハ、いよ/\はやくきる事悪し。はやくきらんとすれバ、扇小刀の様にハあらで、ちやくときれバ、少もきれざるもの也。能々分別すべし。大分の兵法にしても、はやく急ぐ心わるし。枕を押ゆると云心にてハ、すこしもおそき事ハなき事也。又、人のむざとはやき事などにハ、そむくと云て、静になり、人につかざる所、肝要也。此こゝろ、工夫鍛錬有べき事也。(2)
【リンク】(1)(2)は【註解】として、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」にリンクされています。

 『現代文として要約』

 9. 他の兵法に早きを用ゆる事

 兵法では早いと言う事があるが、実際には良くない。早いという事は、早すぎると言う事と同じで、タイミングがズレているのは、遅いのと同じである。
 その道に上達した者には、早く見えないものである。
 例えば、飛脚は、一日に40、50里(約160km、約200km)行く者もいる。これも、朝から晩までずっと早く走るのではない。まだ不堪(上手でない)者は、一日中走っても距離が届かない。能楽の道には、巧みな人の謡に、下手な人が一緒に謡うと、遅れて慌ただしくなるものである。又、鼓、太鼓で、老松(能の曲名)を打つと、静かに打たなければならない所を、下手の者は、これも遅れて、急ぐ気持ちになる。高砂(能の曲名)は、速い調子であるが、ただ速い事も良くない。速いとタイミングが狂う。
 もちろん、遅い事も良くない。何故かと言うと、上手な者がする事は、ゆっくりに思えるが、タイミングは合っている。色々な事は、手慣れた者がする事は、慌ただしく見えないものである。この譬えを読んで、道の理屈を知る必要がある。
 特に、兵法の道においては、早いと言う事は悪い。詳細を言うと、場所によって、沼地の深い場所では、身体も足も速くは進めない。太刀は、もっと早く斬る事は悪い。早く斬ろうとすれば、扇子、小刀の様にはいかず、急いで斬れば、少しも切れないものである。よく道理を考える事。
 合戦でも、早く急ぐ事は良くない。枕を押さえる気持ちがあれば、少しも遅い事はない。
 又、相手がむやみに早い場合は、そむくと言って、逆に静かになって、同調しない事が肝心である。この意味合いを、工夫鍛錬する事。 
 
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 『私見』

 ここで言われている、はやさには、早さ速さがあると思います。この早さには、早い遅いのタイミング、すなわち、合わなければ、幾ら速度が速くても当たらない、という事です。

 例えば、動いている物をピストルで撃つ事を、思い描いてみましょう。ゆっくり右から的が左に動いている場合、その見えている間が長いほど、当たりやすくなります。それは、引き金を引くタイミングが、見えている間あるからです。
 しかし、的の動きが速い場合は、同じ見えている間でも、少ししかタイミングを合わせる時間がありません。また、見えている間が僅かであれば、的がゆっくり動いていても、的に合わせる時間は、少なくなります。

 ようするに、大切なのは、引き金を引くタイミングの事で、早くても遅くても用を足さないという事です。しかし、同時に折角タイミングがあっても、動き、ここでは、弾の速さが遅いと、目標に当たりません。
 早いと遅いは、タイミング。速さは始めから終わりまでの時間、いわゆる速度である事と認識しましょう。

 よく勘違いするのは、相手に悟られないようにノーモーションで動く事を、早いと思っている人がいますが、それも、タイミングが大切で、意外と実戦の場合は、早いタイミングの取り方よりも、遅くても当たるタイミングを取る事も有効な手段になります。

 何も剣道や柔道、空手道と言う武道に限った事ではありません。あらゆる分野で、タイミングは重要な要素です。
 例えばサッカーやバスケットなど、味方にボールを回す時、バレーボールのトス、ボクシングのクロスカウンター、スポーツの世界ではタイミングが勝敗の鍵となります。

 ビジネスの世界でも、好機(チャンス)が成功の鍵を握ります。それは、単に契約先との好機を言う場合もありますが、業界の方向や、国の対策、世界の動静にも大きく影響されます。すべて、その好機のタイミングを逃すと元のもくあみです。

 受験生でも、オリンピックを目指している人達でも、その日に体調を合わせ、知識や技術を向上させて行く必要があります、一日前に最高潮になっても、一日後にピークが来ても、目的は達せないのです。

 『五輪書』【風之巻】早きを用ゆる事の重要性を、身に付ける必要がありそうです。

 【参考文献】 
・神子 侃(1963-1977) 『五輪書』徳間書店.
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.

   【参考サイト】
・播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.html