文武両道のために・・・・『徒然草』を読んで見る。【125】

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 今日の文字は『只管ひたすら』です。書体は行書です。今日読んで見ようと思う、『徒然草 第百二十四段』を読んで見て、感じた文字です。

原文 現代文を見る 只管

 

★『ゴーン逮捕の真実が隠されているかもしれない「3つの謎」』
(DIAMONDonline鈴木貴博 2018/11/23 06:00)

「前略——–そこで、次の3つの謎が浮かび上がります。

(1)結局、何が問題だったのか
(2)なぜゴーン会長は内部告発されたのか
(3)これから何が起きるのか

——中略—–
 日産自動車によれば、ゴーン会長については内部調査を通じて3つの問題が浮かび上がったといいます。それは有価証券報告書への虚偽記載、投資資金の私的流用、会社経費の不正支出です。

——中略—–
 しかし、なぜこの違反がここまでの大問題になるのかという、少し謎に感じる素朴な疑問が出てきます。
——中略—–
東芝のように大規模な不正会計を行った大企業ですら、現役トップが突然逮捕されるという事態は起きていません。

 東芝の場合は本当は儲かっていなかったにもかかわらず、あたかも儲かっていたかのごとく決算数字を操作したことで、投資家に巨額の損害を与えました。しかしゴーン氏の直接の逮捕容疑である役員報酬の不記載は、それ自体がもし現在開示されている情報通りなら、日産の業績に影響を与えないかもしれません。

——中略—–
 1つは、投資資金の私的流用です。報道によれば、日産が投資の目的でオランダに60億円かけて設立した会社が実際は投資活動を行っておらず、この会社を通じてゴーン会長用にブラジルとレバノンに邸宅を購入し、合計で20億円規模の費用を負担しながら、無償で利用させていたといいます。

——中略—–
 また、会社経費の不正支出として、家族旅行などの数千万円の私的経費を日産に肩代わりさせたという話があります。こちらも刑法上は、業務上横領ということになります。

——中略—–
「なぜゴーン会長は内部告発されたのか」ということですが、会社の私物化が他の日本人経営陣にとって、我慢のならないところまで来ていたということでしょう。

——中略—–
役員に対する成果報酬の9割以上はゴーン会長が独り占めしていたということになります。

——中略—–
 にもかかわらず、たとえば西川社長の成果報酬は5年間で1億円ちょっと、それに対してゴーンCEOの成果報酬が40億円というのは、これはゴーン会長が決めたとしても、あまりに自分に貪欲すぎる配分結果だと思います。日本人役員の働きを馬鹿にしているとしか思えません。

 おそらく日産の社内にも、私と同じようにこの配分比率の不公平を感じ取った人間が多数いたのでしょう。ましてやそれでは足らず、家族旅行に数千万円費やしてこれを会社持ちにするというのですから、内部告発が起きるのは仕方がないと思います。まさに「身から出た錆」ということになります。

本丸は日産の存続を巡る戦いかもしれない
——中略—–
 それは日産とルノーの合併問題です。長らくフランス政府は、日産をルノーの完全子会社にすべきだという主張をしてきました。これまでの報道では、それにゴーン会長が反対しているという構図が伝わっていました。しかし実際には、ゴーン会長が日産をルノーと合併させる方向で最終調整に動いていたというのです。

——後略(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)」

 以上の鈴木貴博氏の記事は、今回の日産の問題をかなり浮き彫りにした記事だと思いました。

 要するに、フランス政府も絡んだ、ゴーン氏の日産の私物化をこれ以上許す事が出来なかったという事だと思うのですが、私がこのニュースを数日見ていて思うのは、決して正しいか間違っているか、あるいは、法律違反か否かではなく、資本主義社会の盲点だと思っています。

 まるで国盗り物語のようです。フランスのニュースが全て日本に伝えられているかどうか判りませんが、見る限りは、ゴーン氏擁護に徹しているように思います。

 日本は馬鹿正直と言うのか、公正と言うべきか、まるで内部告発した側に問題があるかのような報道もありました。しかし考えたら日本の法律に照らして悪い事は、悪いとして罰するべきだと思います。

 まだ、マスコミは、70年以上前の大本営による報道を引きずっているのでしょうか。反省は反省、間違っている事は間違っている、そんな報道をしてもらいたいと思います。

 
 さぁ、今日も一日元気で過ごしましょう。

 
徒然草 第百二十四段 〔原文〕

 是法法師は、淨土宗に恥ぢずといへども、學匠がくしゃうをたてず、たゞ明暮念佛して、やすらかに世を過すありさま、いとあらまほし。

 

 
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『現代文』

 まず、我流で現代文にしてみましょう。

『 是法法師は、浄土宗で遅れを取らないが、学識をひけらかさず、只管明け暮れて念仏を唱え、安らかに世を過ごしている様子。本当に理想的な姿である。』

 

 

『只管』

 今日の一文字に落款を押していますが、右上にある関防印も「只管」と篆刻しています。

 この 是法法師のように、明け暮れて只管修行する姿は理想ですが、そうも行きません。私は出家していませんので、生活がありました。

 現在経済活動はしていませんから、「只管」空手道に書道にと勤しみたいところですが、なんでも、いい加減が取り柄で、しかも怠惰な性格が相俟って、「只管」とはいかないのが現状です。

 ただ、私が『髓心』という心の仕組みに気付いた時、もう一つ言葉を作りました。それが『黙々』でした。別にその時は、言葉を作ろうと思ったのではなく、心の仕組みを考えた時に、何かこの仕組みに言葉がないと、拠り所が無いと思い『髓心』と言う造語を作ったのですが、『黙々』も、自分の性格を何とかしたいと思った時に浮かんだ言葉でした。

 『髓心』は気付いたと言うと、正しい事を発見したと言う意味になってしまいますが、正しい事かどうかは判りません。ですから、気付くと言うより、考えて仮説を立てたと言った方が良いと思います。

 では、『黙々』と言うのはどうでしょうか。これは仮説でも、熟考した結果でもなく、私の性格を直したいという欲求から出来た、スローガンのようなものです。ですから、今日この日まで、人に言った事はありません。初公開の言葉です。これは造語ではなく、一般的に使われる言葉です。

 この言葉、二つとも27歳の時に生まれたのですが、何かの縁かも知れません。

 私が少し、勉強するようになったのは、40歳を過ぎてからだと思います。それまでは、漢字は読めないし、書けないし、小説の類は、三文小説と言われるものから、文学と言われる小説に至るまで、手にした事もありませんでした。

 小学校の時に、姉から遊んでばかりいると、薄っぺらな人間になると、十五少年漂流記を渡されて、いやいや読んだことがありました。『大地』と言う本も、後に渡されたのですが、あまりの分厚さに、1ページで挫折しました。

 ところが、何故か性格は、物事を深く掘り下げて考える習慣が身に付いていました。何だか、深く掘り下げて、と言うとよく聞こえますが、基礎になる知識が希薄ですから、堂々巡り以外の何ものでもありません。禅語でいう莫妄想 まくもうぞう 』以外の何ものでも無かったのです。

 それでも、40歳を過ぎてからも仕事の関係で、法律の本は、六法全書に目を通し、その時に必要な事だけは調べていました。

 契約書の作り方や宅地建物取引主任者に必要な書籍は、片っ端から読み漁って、身に付いたかどうかは分かりませんが、ある程度の知識は、この時に出来たのでしょう。

 また、これも仕事の関係で、コンピュータの基礎的な知識は得る事が出来ました。

 両方とも必要に迫られて、仕方なくと言った方が的を得ているのでしょう。

 お陰で、知識と言うよりは、調べ方が身に付いたのかも知れません。ですから、五輪書を初め、独行道、不動智神妙録や論語も、全く古語に対する知識もなく、一応は読みこなす事が出来たと思っています。

 現在進行中の『徒然草』も、インターネットのお陰で、自分の調査の方法が適切であれば、読みこなす事ができるのではないかと、日夜奮闘中で毎日のようにブログを更新しています。

 『只管』とまではいかないのですが、『黙々』と文章を書いています。この『黙々』と言う意味は、想像される通りだと思いますが、先述しましたように、大いに自分自身の性格による所があります。

 初めて会社員になった当時、人からの評価は、仕事が遅い。でした。自分でも納得できる評価だと思っていました。

 しかし、結果を出すのが遅いわけではなく、仕事に取り掛かるのが、自分でも分かるほど遅いのです。

 それが人に伝わるまでには相当の時間がかかったと思います。それまでは、仕事が単に遅いと思われていました。

 仕事にかかるまでに色々考えすぎるのです。しかも考えても埒が明かない知識量で考えるのですから、それはそれは、遅々として進まないのが解ります。

 工場に就職して、「段取り八分」と言う言葉を覚えました。これだと思った物です。確かに段取りをしている時は、仕事は一向に進みません。しかし、段取りが出来ると直ぐに仕事を終える事が出来ました。

 この言葉は、段取りが終わった時点で、仕事の八割は終わっていると言う意味です。我が意を得たり、と言う思いでした。

 今でも仕事に掛かるまでに十分な用意をしてからでないと、始めません。ですから、人から見ると、何時やるのだろうと、やきもきするかも知れません。しかし、段取りが出来たら、手順が明確ですから、仕事は手際よく終わらせる事ができると思います。

 しかし、これも半分は当たっていますが、後の半分はやる気になるまでに時間かかる事も事実です。この時に屁理屈を捏ねて、なんとかやり始めようとする自分を、自分の怠惰な気持ちが立ちはだかります。

 ですから、この立ちはだかった『怠惰な』そして、『言い訳がましい』、屁理屈を捏ねる考えを払拭するために、『黙々』と言う言葉が役に立つのです。

 そこまでしないと、腰を上げてくれない自分自身に呆れますが、これも自分の徳性だと思うと、上手く付き合えば、乗りこなせるようになったのではないかと思っています。

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