「五輪書」から学ぶ Part-59
【火之巻】うつらかすと云事

 【五輪書から】何を学ぶか?  

 伝染病と言うのは、実に恐ろしい病気です。大昔から国を脅かすような伝染病が脅威を振るった例は枚挙にいとまがありません。最近ではインフルエンザも伝染病の一つです。

 そう言えば、そろそろインフルエンザの季節ですね。今年はワクチンが品不足と言うニュースがありましたが、ワクチンは効かないから打たない方が良いと言う人もいます。

 これだけ、情報社会が発展しているのですから、いい加減正しい情報がほしいものです。

 と、書きましたが、ここで言う「うつらかすと云事」は、伝染病の事でも、感染症の事でもありません。

 例えば、欠伸は移ると言いますが、その原因は定かではありません。よく、同じ環境にいるから、同時期に同じように生理的現象として移ったように思える、とか、人間には無意識に人を真似る事がある、とか諸説ふんぷんとしています。結局原因は未だ分かっていなのが現状です。と言っても、現実に人が欠伸をすると、つられて欠伸してしまいます。

 武蔵は、現代の発展した科学をもってしても解明できない事を、兵法の利として活用しています。
 武蔵は、実践者ですから、科学者でない事は言うまでもありません。結果を利用する立場にいますので、スポーツマンであれ、武道の求道者であれ、結果に対して興味を持つのはごく自然の事であると思います。

 それでも、欠伸や居眠りは移るとしても、兵法の利になるような、移るという事が、実際に起こるのでしょうか。俄かには信じがたいものがあります。

【火之巻】の構成

16. まぶるゝと云事
17. かどにさはると云事
18. うろめかすと云事
19. 三つの聲と云事
20. まぎると云事
21. ひしぐと云事
22. 山海の變りと云事
23. 底をぬくと云事
24. あらたになると云事
25. 鼠頭午首と云事
26. 将卒をしると云事
27. 束をはなすと云事
28. いはをの身と云事
29. 火之巻 後書
  
『原文』
13. うつらかすと云事 (原文は、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.htmlを引用した)
うつらかすと云ハ、物ごとに有るもの也。或ハねむりなどもうつり、或ハあくびなどもうつるもの也。時の移もあり。大分の兵法にして、敵うはきにして、ことをいそぐ心のミゆる時は、少もそれにかまはざるやうにして、いかにもゆるりとなりて見すれバ、敵も我事にうけて、きざしたるむもの也。其うつりたると思とき、我方より、空の心にして、はやく強くしかけて、勝利を得るもの也。一分の兵法にしても、我身も心もゆるりとして、敵のたるみの間をうけて、強くはやく先にしかけて勝所、専也。又、よハすると云て、是に似たる事有。一つハ、たいくつの心、一つハ、うかつく心、一つハ、弱くなる心。能々工夫有べし。(1) 
【リンク】(1)は【註解】として、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」にリンクされています。

 『現代文として要約』

 13. うつらかすと云事

 うつらかすと言うのは、あらゆる物にある。居眠りなどもうつり、或いは、欠伸などもうつるものである。時の移りもある。
 合戦では、敵が浮足立ち、事を急ぐようであれば、少しもその事にかまわないで、いかにも余裕を持っていれば、敵もこちらの様子を見て、弛みの兆しがでるものである。
 その弛みが移ったと思った時に、我方から心を新たにして、速く強く仕掛けて勝ちを得る事ができる。
 一対一の戦いでも、自分が身も心もゆったりとすると、相手も弛み、その弛んだ所を見定めて、強く速く先に仕掛ければひとえに勝つ事ができる。
 又、弱くすると言って、これに似たことがある。一つは、気持ちが萎える気持ち、一つは浮ついた気持ち、一つは、気持ちが揺らぐ事である。よく研究する事。

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 『私見』

 この事を、うつるという言葉で示されると、それは違うだろう、と言いたくなります。
 戦いの最中に、相手がゆったりした気持ちになったからと言って、自分もゆったりしていたのでは、戦いにならないではありませんか。それこそ、相手がゆったりした気持ちになった時こそ、仕掛けるチャンスと思います。

 私に限らず、ある程度戦いと言う事が身近にある人、例えばランナーでも、相手が休んでいる時、一緒になって休んでいれば、勝てる相手にも勝てません。それこそ、ビジネスの世界でも、慈善事業でないかぎり、相手の隙をついて、勝ちに行きます。油断大敵と言うではありませんか。

 武蔵ほどの剣豪が本当に、気の弛みなどが、うつると考えたのでしょうか。

 私は、「うつる」と言う言葉を選んだことが、誤解を生むも元ではないかと、思っています。また、あくびや居眠りなどを引き合いに出した事が、間違いではなかったのかと思っています。

 では、「うつる」ではなく、どんな言葉を充てると良いのでしょうか。

 「まやかす 」や「謀る」などではどうでしょう。要するに、気が弛んだように見せる。弱気になったようにまやかす。焦っているように謀る。であれば、戦術として活かせるのではないでしょうか。

 もちろん、本当に弱気になってはなりませんし、焦ってもダメな事は、言うもでもありません。
 相手が弱気になったり、焦ったり、浮ついたりしても、本当かどうか確かめなければなりません。特に戦いの最中に、気持ちが萎えてしまうようであれば、初めから修行のやり直しです。
 
 左の絵は、だまし絵と言うものです。この階段は、登り始めたら終わりがありません。こんな事は、現実にはありません。
 しかし、目で見ると、確かに存在しています。不思議ですね。
 もし、相手の作戦が左の絵のように上手であれば、乗せられてしまうでしょう。

 こちらが、弱気に見せたり、焦っているように演じる事により、相手が少し気を弛める事が現実にはあります。
 これは、うつるのではなく、戦術です。この相手の気の弛みに乗じて、仕掛ける事はあるとは思います。しかし、それが相手の作戦だった場合には、逆に相手の手の内で踊らされる事にもなります。十分稽古を積んで、見定める必要があると思います。

 ただ、私は一対一の戦いを考え、得々と、書いてきましたが、これが合戦の場合は、全ての兵士が、アメリカの海兵隊のような、特殊訓練を受けた、精鋭ではないという事も事実です。と、すれば、僅かな人の動揺が多くの人の動揺を誘い、戦力が低下する事は考えておくべき事だと思います。

 武蔵は、この事を言いたかったのでしょう。群衆心理は国をも動かします。心すべき事だと思います。

 【参考文献】 
・神子 侃(1963-1977) 『五輪書』徳間書店.
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.

   【参考サイト】
・播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.html