「五輪書」から学ぶ Part-65
【火之巻】 三つの聲と云事

 【五輪書から】何を学ぶか?  

 掛け声から連想できるのは、運動会の綱引き。祭りの掛け声。そして、「火事だ!」「ドロボー!」「ヤッホー」「助けてー!」と、概ね人から人への緊急の伝達方法が多いですね。それと、人と人の気持ちを繋げる時、あるいは気勢を上げる時なんかに、大声を張り上げます。

 声には様々や用途があります。今あげた例の他、驚いた時に奇声をあげる事もあるでしょう。耳打ちする時に声を潜める事もあるでしょう。あるいは、楽しく歌を歌う事もあります。数え上げればキリがないほど、声を使います。人間以外のどの生物よりも、声は人間にとって大事な機能です。それは、やはり、言葉を使うからだと思います。

 言葉を使って、書くことも出来ますし、何と言っても話す事ができます。話は、その話す人によって、さまざまな話し方があり、その話し方によって、怪談話になったり、漫才や落語になったりします。声のトーンによって人の心を捉えます。

 さて、「三つの聲」とは、どんな声の事を言っているのでしょう。「聲」は最近まで、いや私が生まれた頃ですから、もう昔でしょうか。当用漢字として告示され、「声」に替わりましたので、まったく同じ言葉です。

【火之巻】の構成

19. 三つの聲と云事
20. まぎると云事
21. ひしぐと云事
22. 山海の變りと云事
23. 底をぬくと云事
24. あらたになると云事
25. 鼠頭午首と云事
26. 将卒をしると云事
27. 束をはなすと云事
28. いはをの身と云事
29. 火之巻 後書
  
『原文』
19. 三つの聲と云事 (原文は、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.htmlを引用した)
三つのこゑとハ、初中後の聲と云て、三つにかけわくる事也。所により、聲をかくると云事、専也。聲ハ、いきおひなるによつて、火事などにもかけ、風波にも聲をかけ、勢力をミする也。大分の兵法にしても、戦よりはじめにかくる聲ハ、いかほどもかさを懸て聲をかけ、又、戦間のこゑハ、調子をひきく、底より出る聲にてかゝり、かちて後に大きに強くかくる聲、是三つの聲也。(1)又、一分の兵法にしても、敵をうごかさんため、打と見せて、かしらより、ゑいと聲をかけ、聲の跡より太刀を打出すもの也。又、敵を打てあとに聲をかくる事、勝をしらする聲也。これを先後のこゑと云。太刀と一度に大きに聲をかくる事なし。若、戦の中にかくるハ、拍子に乗る聲、ひきくかくる也。能々吟味有べし。(2) 
【リンク】(1)(2)は【註解】として、播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」にリンクされています。

 『現代文として要約』

 19. 三つの聲と云事

 三つの声とは、初中後の声と言って、三つに掛け分ける事である。場面によって声を掛けるという事が大切である。声は、勢いであるから、火事の時も声を掛け、強風や高波にも声を掛け、その勢いを知らせる。
 合戦の初めに掛ける声は、特に威圧的な声を掛け、又、戦いの最中では、底から響くような調子で声を掛け、勝った後には、大声で勝ち誇る声を掛ける。これが三つの声である。
 又、一対一の戦いにしても、相手を動かすため、打つと見せて、エイと声を掛けてから太刀を打ち出すものである。又、相手を討ってから掛ける声は、勝ちを知らせる声である。これを先後の声と言う。太刀と声を一緒に掛ける事はない。もし、戦いの最中に拍子に乗って掛ける場合の声は、低く掛ける。よく研究して稽古する事。

【広告にカムジャムという物を載せましたが、巻き藁を木にくくり付けるのに使っています。これはとても便利です】

 『私見』

 剣道の試合を見ていると、ここで言われているような声を発しています。空手の場合は、競技空手であっても、技と同時に「気合」を掛けます。

 このあたりは、剣術との違いがあるのかとも思います。

 無駄と言うと、語弊がありますが、空手の場合は、声を発する事はありません。確かに、「エイ」と掛ける事がありますが、これは、声ではなく「気合」です。気合と言うのは、呼吸と技を一体化するための方法です。

 近頃私は、型をうっても、気合を掛ける事がありません。経験上、気合を掛けると、威力が増すようには感じます。試し割などする場合は、効果があるように思います。確か科学的に数値を計ったと聞いた事がありますが、資料を失念しました。

 私が「気合」を掛けない理由は、気合は確かに技と呼吸、そして身体と心を一体化します。しかし、私は一体化して、心も一体化したくはないのです。常に心は俯瞰した状態にしておきたいためです。廻りから見て、迫力は感じないかも知れませんが、意外と心は平静を保つ事ができます。その代わり、巻き藁を突く時、サンドバッグを叩く時に、気合を掛けないで、最大の力を込められるように、稽古しておく必要があります。

  おびやかすと云事で体験した事を紹介しましたが、声によって相手が動揺したり、失神してしまう場合もある事を考えると、場面によっては効果的なのかも知れません。

 気合と掛け声の違いを、改めて認識しておく必要がありそうです。

 【参考文献】 
・神子 侃(1963-1977) 『五輪書』徳間書店.
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.

   【参考サイト】
・播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g00.html