「五輪書」から学ぶ Part-35
【水之巻】漆膠〔しっこう〕の身と云事

   五輪書から】何を学ぶか?  

 写真は、母親が趣味で集めていた漆器のコーヒーカップです。漆のコーヒーカップって珍しいので、大切にしています。そんなに古くは無いですが、それでも60年程の年月を経過しています。

 漆(うるし)と言えば、小学生の頃、漆の木に登って、かぶれてしまい、痒かった事しか記憶にありません。

 漆器は天然樹脂塗料である漆の木の樹液を塗ったものです。接着剤としても使われるようです。
 
 一方、膠(にかわ)は、動物の骨や皮などから抽出したゼラチン状の接着剤として有名です。

 漆も膠も、粘り気のある接着剤という事が言えます。
 
 この、漆と膠を比喩して『漆膠の身』と題して、今回は戦いの一場面を説明しています。まったく、漆器や膠とは関係ありませんが、その頃の接着剤と言えば代表的なものだったのでしょうね。

 接着剤が著しく発展したのは、まだ最近の事だと思っています。のり、と言えばご飯が一般的だったように思います。
 それにしても、最近の接着剤は、凄いですね。一度くっつくと、離すのは容易な事ではありません。
 そんな接着剤を想像しながら、『漆膠〔しっこう〕の身と云事』を読むと、感じが掴めるかもしれません。

【水之巻】の構成

 1. 水之巻 序           
25. 漆膠〔しっこう〕の身と云事
26. たけくらべと云事
27. ねばりをかくると云事
28. 身のあたりと云事
29. 三つのうけの事
30. 面〔おもて〕をさすと云事
31. 心〔むね〕をさすと云事
32. 喝咄〔かつとつ〕と云事
33. はりうけと云事
34. 多敵の位の事
35. 打あひの利の事
36. 一つの打と云事
37. 直通〔じきづう〕の位と云事
38. 水之巻 後書
『原文』
25 漆膠〔しっこう〕の身と云事 (原文を下記のルールに従って加筆訂正あり)
 漆膠とは、入る身によく付きて離れぬ心なり。敵の身に入るとき、頭をも付け、身をも付け、足をも付け、強く付くところなり。人ごと、顔・足は早く入れども、身は退くものなり。敵の身へわが身をよく付け、少しも身の間のなきやうに付くものなり。よくよく吟味あるべし。
加筆訂正のルール
                 *仮名遣いを歴史的仮名遣いに統一
                 *漢字は現行の字体に統一
                 *宛て漢字、送り仮名、濁点、句読点を付加
                 *改行、段落、「序」「後記」を付けた
 『現代文として要約』

 25 漆膠〔しっこう〕の身と云事

 漆膠とは、身体を相手に付けて離れないようにする心である。敵の間合いに入る時は、頭も、身体も、足も付けて、離れないようにすることである。普通人は、顔や足は速く入っても、身体は遠退くものである。敵の身体に自分の身体をしっかりと付け、相手の身体と自分の身体の間に隙間がないように付ける。よくよく熟慮する必要がある。

 『私見』

 前回の 秋猴の身と云事では、相手との距離を瞬時に詰める方法について、具体的に書かれていました。

 ここでは、相手の身体と触れるほど接近した場合の、心と身体の在り方について、漆と膠を比喩して、密着する事を強調しています。

 はじめに述べましたが、漆と膠ですから、今で言う、接着剤の事で、くっついたら離れないと言う意味で漆膠と言う言葉を使っているのでしょう。

 剣道の試合では、よく見かけますが、左の写真のような状態です。鍔迫り合いとも言います。空手の試合でも瞬間では見られますが、ルール上相手に密着している事が出来ません。

 しかし、これが真剣勝負となると、「ヤメ!」と声がかかることはありません。

 なぜ、密着していなければならないかと言うと、離れ際が一番危険であり、攻撃するのに適した瞬間であるからです。

  【水之巻】紅葉の打と云事 でも、書きましたが、「残心」と言う気持ちを、片時も失ってはいけない状況です。

 もちろん、仕事の面でも同様です。99%成功しても、後の1%で失敗という事は、よくあることです。
 契約書を交わす仕事をしていた時などは、現実にお金が振り込まれたのを確認するか、現金を受け取るまで、気を抜くことはできませんでした。

 既に、自動車の免許の更新はせず、免許を持っていませんが、遠出をした時は、必ず、自分の家の近くまで来たときに、もう一度気を引き締め直したものです。
 こういう癖は、結構役に立つものです。気の弛みは、習慣にしてしまうのが、一番コントロール出来るものだと思っています。また、緊張しすぎないためにも、今は、スポーツの世界で、これをルーチン化しているのを見かけます。

 【参考文献】 
・佐藤正英(2009-2011)  『五輪書』ちくま学芸文庫.